ワ族の首刈りの話で、自分たちでは止められなかったものが毛沢東の禁止令で止められたのは、その伝承が当世に合わなくなっており、力を失っていたためでしょうか。 / ワ族の首刈りの話ですが、誰か個人を犠牲にして全体の豊かさを願うという価値観が興味深かったです。そうした価値観のもとで社会がどのように成立していたのか、気になりました。

もちろん、それもあるでしょう。首刈りを含む(とくにそれが自民族ということになれば)人身供犠は、あらゆる祭祀のなかで最も根本的なものであると考えられています。神霊に捧げ物をして何らかの祈願をする際、その捧げ物は、自分にとって身近で大切なもの、すなわち「犠牲として大きいもの」のほうが意味がある。当初は自分たちの集団から出していた犠牲を、やがて外部の集団に転換し、または種の外部へ移して動物とし、やがてさらに簡略なものへと切り替えをしていった。それが祭祀の歴史でもあるわけですが、時代を経て人身供犠が続いていても、部族社会には心理的ストレスが集積されていた。我々の社会と、何ら変わりはありません。東日本大震災によって白日の下に曝された現実を直視すれば、いま現在も我々の豊かさは、一部の人々へ苛酷な情況を強いることで成り立っていると気づくはずです。外部の力によってある意味では暴力的に解放されなければ、歪な構造を是正できない。それは私たち自身のことかもしれません。