マルクス主義が浸透してゆく一方で、前提であったヘーゲルの考え方が、歴史学に影響を与えることはなかったのでしょうか。

具体的には、弁証法です。これは、マルクス唯物史観の論理的源泉をなしています。あらゆるもの(テーゼ:命題)は、自己と矛盾・対立する要素(アンチテーゼ:反対命題)を内包しており、しかしその対立・矛盾は相互に依存もしており、やがて新たな段階へと統一・止揚されてゆく(ジンテーゼ:統合命題)。いわゆる、第三の道を導くものです。唯物史観の発展段階も弁証法的論理によって構築されており、2つの階級の対立・闘争が新たな段階を導く革命を生じる理路となっています。石母田正は、歴史学を学ぶ以前はヘーゲル哲学に傾倒しており、その名著『中世的世界の形成』も、東大寺領黒田荘に胚胎した新興の悪党勢力が旧体制の領主東大寺と対立し、そこから中世的世界が展望されるという(結局は破産してしまう結論に至りますが)、明確な弁証法の論理で構成されています。