ネイティヴ・アメリカンにおける女性の役割は外交官であると聞いたことがあるが、卑弥呼や台与も似たような役割に思える。弥生時代の女性の役割をどのようなものだったのだろうか?

以前の回答にも書いたのですが、弥生時代に入ると、稲作の男女共同作業を通じて、男性と女性を相対的に区別する認識の仕方が生じてきます。縄文時代には生殖器・乳房・臀部など、明らかな性差を持つ部位が男性像/女性像の根拠でしたが、弥生時代には、顔の形や身体の大きさなどでカテゴライズしようとする。これは、狩猟から稲作への生業転換によって、男女の行う労働が基本的に同じものとなったために、生じてきた変化であると考えられています。さらに、未だ母系制もしくは双系性が機能していた列島社会では、古墳時代に至るまで、女性が地域の首長のような、政治的トップを務めてた事例も確認されています(首長墓の被葬者が女性であったということです)。卑弥呼について、かつてはシャーマン=女性説のもと、宗教的カリスマであるからこそ「女性が王になったのだ」と解釈されてきましたが、シャーマンでなくとも女性が王になれた時代だったのです(授業でお話ししたとおり、必ずしもシャーマンは女性に限らない点も考慮しておく必要があります)。『魏書』に書かれていたような、「女性をトップに立てることで内乱が鎮まった」ことを重視すれば、女性に対する特別な位置づけが存在した可能性もありますが、とりあえず、男性と同様の政治的、あるいは宗教的役割を果たしていたと考えておくのがよいでしょう。