美濃部達吉の天皇機関説が、なぜ国家も認める通説であったのか、よく分からなかった。大日本国憲法では、天皇大権で、国民はあくまで天皇に使える臣民だったはずであり、最初から批判されていてもおかしくはない。

天皇機関説大日本帝国憲法下における解釈学説で、「統治権は法人である国家に属し、国の最高機関である天皇国務大臣の輔弼を受けてこれを行使する」との考え方が基本であり、天皇大権を尊重しこそすれ制限するものではありませんでした。帝国憲法をそのままに理解した天皇主権説では、天皇=国家となり、国家間の条約も天皇個人が結ぶものとなり、税収も天皇個人の収入となってしまう。これは近代国家の実情に合いませんので、帝国憲法立憲君主制を堅持し、大正デモクラシー期に議会政治を推進してゆくうえでも、適切な学説として官僚を中心に支持されたのです。大正天皇昭和天皇も、天皇機関説の支持者でした。