大津皇子のように非業の死を遂げ、罪人として葬られている人が、神々しくみえたのはなぜですか。

あれは南家郎女の主観ですね。物語のなかで触れられていましたが、彼女は藤原氏氏神に仕える巫女であり、怨霊=祟り神となっている大津皇子に取り憑かれてしまっています。神婚譚では、神の訪問を受ける女性は、神を必ず〈美しい男性〉として認識しています。三輪山神話しかり、そして怨霊に連れ去られ入水してしまう『源氏物語』の浮舟しかり。当麻寺で夜にみた骨の姿以外は、その種の幻想なのです。ただし、それが仏の姿として現れるところに、郎女の信心の深さがあり、大津を救済へ導くベクトルがあります。大津の救済=成仏を絵画にした当麻曼荼羅を描くことで、彼女は実際に怨霊を仏に昇華してゆくのです。