鵜飼いの漁法は、正直あまり快いものではない。一度動物の口に入ったものを、天皇の食事に出してもいいものだろうか。鵜飼いにはよほどの霊性があるのだろうか。

7世紀段階では未だそのような感性は表れていないでしょうが、平安〜中世にかけて仏教の不殺生戒が広がってくると、鵜漁によって得た魚は「殺生によって得たものではない」として重宝がられます。結局、鵜匠が宮内庁の所属になってゆくのは、そういう供御に関する考えからの変遷があったからなんですね。鷹狩りなども同じ考え方で、獣猟が罪業視されてゆく一方、権力者のたしなみとして天皇から武家将軍へ受け継がれてゆきます。