北方ユーラシアや北米などと日本では、熊に対する信仰に相違はあったのですか。

細かな点を挙げれば様々な相違がありますが、やはり大きな点は、それは飼熊送りをするかしないかということでしょう。熊を狩猟した際の狩熊送りは、ニュアンスの相違こそあれ広く見受けられる行為ですが、幼い熊を飼育しておいて殺害するという特殊な送りは、アムール川流域から北海道にかけての限定された地域にしか認められません。佐藤宏之氏の見解(レジュメの参考文献リスト参照)によると、それらの地域は、実はクマ自体を資源として獲得しにくい地域であったようです。ゆえに子熊のギフトとしての価値が極めて高くなり、相応の費用を費やす飼育の社会的威信の誇示に繋がり、熊胆や毛皮を求める周辺領域の市場経済にも触発され儀礼が定着・発展していった可能性が高いとのことです。もちろん、経済的観点からだけでは儀礼の意味を考察することはできませんが、自然観や宗教観などのメンタルな要素だけでも、祭儀の全体像を掴み損ねることがあります。それぞれの地域の環境、社会・時代情況を正確に把握せねばならないでしょう。