私が以前読んだ本には、歴史実証主義と歴史相対主義とが説明されていました。今日のお話のなかにでてきた、多様性や多層性を追求する歴史学は、相対主義と同じものでしょうか。

重複する主張はありますが、完全にイコールではありません。まず歴史相対主義は、歴史とは相対的なものと考える立場なので、事実や真理をめぐる議論は一切意味を持たないことになります。例えば、アウシュヴィッツを虚偽と切り捨てるような歴史修正主義の立場も、「そうした態度もありうる」と許容できてしまうわけです。しかし歴史の豊かさを主張する立場は、多様性を標榜しつつも事実の蓋然性、論理性をめぐる議論を放棄しません。歴史は単一ではないが、その考察と叙述には一定の学問的手続き、倫理性、開かれた議論が必要と考える立場です。なお、「歴史相対主義」という言葉は、上記の主張の真意を充分理解できなかった保守的歴史家が貼った、事実無根のレッテルであることも多いのです。