『日本霊異記』において、広国は黄泉のことを口外するなといわれたのに、なぜ書物にして広めたのだろうか。

面白い点ですね。ひとつ考えられるのは、説話への求心性を高めるための演出であるということです。この説話自体には、広国が本当に神秘体験で得た物語であるという見方と、事実か虚構かはともかく、広国の冥界訪問譚を仏教布教の手段として僧侶が援用したという見方の、二つが成り立ちうるでしょう。しかしそのいずれの場合も、この物語は本来秘密にしておかなければならなかったものである、誰にも知られてはいけなかったものであるという性格を与えた方が、聴く側の関心を大きく引きつけることになるに違いありません。道教や仏教の教えには、こうした「秘密性」を喧伝するものが多く見受けられます。広国の物語も、その一種と考えてよいでしょう。