理論がなく個に依拠したものは、歴史というより単なる事実であり、過去を包括的に捉えられないので、理論・原理的な捉え方が必要と思います。先生はどうお考えですか?
2012年春学期の「日本史特講」で「歴史学のアクチュアリティ」と題する講義を行い、歴史学の理論・方法論について半期を通じて考えてみたことがあります。現在及び過去を認識するということ自体、実は何らかの理論なしには行えないことなので、仰るとおり、歴史学に理論は必ず必要です。近代歴史学の依拠する実証主義は、認識論としては経験主義に過ぎないので、自らの理論的位置を客観化すること、自覚して相対化することができません。フランスやアメリカでは、このあたりの科学認識論をまず基本的素養として理解し、そのうえで歴史学を突き詰めてゆくのですが、日本は具体的な方法から入ってしまうので、教育のあり方が根本から間違っていると思います。個々の事象に向き合いながら、それをいかに多面的に捉えるかという方法を自分なりに構築し、そのミクロな段階からマクロな理論・構想を修正する。そしてまたミクロに戻って、個々の事象に正対してゆく。そうしたミクロ/マクロを往還しそれぞれのものの見方を相互構築してゆくことが、最も適切な歴史認識論でしょう。