山という存在には、黒山などとの呼称もありますから、確かに神聖性があるのだろうと思います。『遠野物語』の序文「願わくは、これを語りて平地人を戦慄せしめよ」は、どう解釈されますか。

黒田日出男ですね。開発の手が入っていない人跡未踏の山、野生の範疇に入る山ということです。中世から近世にかけて山への介入が進むと、山の領域自体もさまざまに分節され、意味付与されてゆくわけです。『遠野物語』序文については、柳田の二項対立的な文化観がよく表れていますね。「平地」に連なる稲作中心史観と定住社会の幻想、「山里」に連なる山野河海の文化と遊動性。前者によって塗り込められつつある日本文化、それを担う人々のステレオタイプの思考を、後者によって相対化し転換してやろうという野心、目論見が込められています。このあたり、授業で扱うレヴィ=ストロースなどの、野生の思考による近代ヨーロッパ批判と通じるものがあります。