ダンテの『神曲』は代表的な冥界訪問譚のひとつだと思いますが、これはその後のヨーロッパの煉獄思想に大きな影響を与えているといえます。とはいえ、ダンテ自身がフィクションとして書いたもので、読み手もそれを理解しているはずです。このことはどのように解釈すればよいでしょうか。

ダンテのような優れた芸術家といえど、時代や社会の規制から完全に自由ではありえません。彼の創作活動は、彼がその成長過程において学んできた種々の知識、経験に基づいて構築されたものです。よって、『神曲』に描かれた世界は、当時の時代・社会の産物であるともいえるのです。もちろん、哲学的思想や文学芸術は、常に時代を乗り越え、先取りする要素も持ってはいますが、時代や社会に準拠していなければ、そもそも同時代に「読み物」として受け容れられることはありえません。よって『神曲』のようなフィクションを思想史、心性史などの素材として把握してゆくときには、かかる準拠/非準拠の境界を把握してゆくことが大切です。そして、準拠するならば何に基づくのか、なぜ依拠しているのか、準拠しないならばその発想はどのように生み出されたのか、それらの問題を追究し深めてゆくことが重要でしょう。