複数の史料の間で噛み合わない点がある場合には、どの史料を史実として認めるのでしょうか。また、不正確だとされる史料にも書かれた意図などがあるはずですが、そのような史料や意図は歴史研究においてはどのような扱いを受けるのでしょうか。史料の不安定さは、史実を不確かなものだと感じさせます。

基本的に、歴史学においては「史料は嘘をつくものである」ことが前提で、そこから事実を追究する方法が「史料批判」と呼ばれるものです。非常に個別的で複雑な方法であるため、なかなか一言では言い表せないスキルですが、根本となる方法は情報の渉猟・網羅と比較です。ある対象について、できるだけ多くの視点(記録主体の政治的・社会的・経済的位置、時代的前後関係などにおいて)から描かれた記録を集め、それぞれのスタンスを考慮しながら比較し、時代背景なども参照しつつ蓋然性を追究してゆくわけです。当然、史料の多寡によって史料批判の精確さは左右されるので、一般的に史料の乏しい古い時代ほど、歴史的考察は厄介なものになってゆきます。なお、冒頭の幾つかの講義でもお話ししたように、そもそも史実なるものは「永久に不確か」なのです。