天然痘大流行の話を聞いて、ヨーロッパのペストを思い出しました。その猛威によってある言語、ある方言がひとつなくなってしまうほどだったそうですが、日本ではそのようなことはあったのでしょうか。

2回目に参考文献を紹介しながらお話ししましたが、大規模な死者を出したパンデミックとしては、やはり天平期の天然痘、幕末のコレラ、大正期のスパニッシュ・インフルエンザが代表的でしょう。古代〜近世の間にも、何度かそれに匹敵する流行は起きているはずで、一町村が絶滅したことも枚挙に暇がないと思われます。明確な形では分かりませんが、文化がまるごと消滅してしまった可能性もあります。例えばこれは伝説ですが、『備前国風土記逸文に「蘇民将来」と呼ばれる記事があります。北の海からやって来た疫病の神=武塔神が、ひとりの娘を残して村全体を死滅させてしまう。これに基づく蘇民将来札という護符や、茅の輪くぐりといった神事は、現在でも全国的に確認できます。人々の間に、「病気による村の全滅」という出来事が、かなりの緊張感やリアリティーをもって受けとめられていたということでしょう。