『医心方』に書かれている処方を通じて、無名の人物や他に名前の残っていない人物を知ることができる、とありましたが、それを知ることでどのようなことが分かるのですか。

まず、他のどこにも残っていない人の存在、その経験が記されているということは、それだけで過去がより豊かになるわけですから、史料的価値が極めて高いということになります。医書に処方が記されているだけで、Aという人物がNという病に苦しみ、医師に相談して処方を受け、恐らくは快癒をした。医師はこれを意味ある処方として記録に残し、それが後の世代へも受け継がれてきている。医書のあり方、処方のあり方が、いかに無名のひとびとの生活、苦しみ、努力、喜びによって支えられているのか、そのあたりのことも朧気ながらみえてくるわけです。