なぜ鳥が天、太陽、祖先などと結びつくようになったのでしょうか。 / ヤマトタケルが死に、その魂が白鳥になったという話が『古事記』などに出てきますが、鉄柱の鳥と同じものと考えてよいでしょうか。 / 柱の上の鳥と、屋根の上の鳳凰像などとは関係がありますか。

日本史概説ではいつもお話ししているのですが、例えば列島弥生期では、鳥は稲作農耕とともにシンボル化されてゆきます。農耕の開始に伴い、太陽光や雨をもたらす天が焦点化され、それを象徴するものとして、天空から降り立つ鳥に注目が集まるのです。東アジアから東南アジアにかけては、主食となる穀物をもたらす穂落神という神話形式もあります。鳥が何らかの神霊的なエネルギーを持ち運ぶという形式は、ユーラシア全土に保存されており、コウノトリが子供を運んでくるという伝承もそれに当たります。『古事記』にあるヤマトタケルの白鳥の問題も、鳥が人間の魂を死者の世界に連れてゆくという信仰と関連するものでしょう。古墳時代の装飾壁画などに、関連する図像を見出すことができます。ちなみにその前後に書かれている、タケルの魂を見送る家族たちの所作や歌は、中国西南少数民族の喪葬儀礼との類似点が指摘されています(工藤隆『古事記の起源』中公新書)。祖先との関連も、そこから派生するものでしょう。鳥ではありませんが、例えば狼トーテムのモンゴルでは、死者の魂を狼が天空へ連れてゆくと考えられています。「同じもの」というと精確さを欠くかもしれませんが、同じ観念連合のなかに位置づけられる存在でしょう。鳳凰などの神的な鳥は、インドのガルーダ、中国の祥瑞などが複合していますので、どのような文化的文脈を持つものか個々に検討が必要です。屋根瓦にある鳳凰は、たいていは仏教的意匠で、平等院鳳凰堂などのように、極楽世界を表象しています。柱の鳥とはやや異なる存在です。