ハーメルンの笛吹き男の話で、背景に植民の問題があるとのことでしたが、これと似た日本の伝承にも、何か歴史的出来事との関連があるものはないのでしょうか?

日本にあるよく似た伝承というと、やはり人さらい、神隠しに関するものでしょうか。アジアでは、山人によって女性が掠われて子供を産まされる、という系統の話が広汎に残っていますね。例えば、4世紀の中国江南で編纂された志怪小説『捜神記』には、玃猨という猿のような妖怪が山に入った女性を掠って子供を産ませる、蜀(現在の四川省)にはその子孫たちが楊姓を名乗って多く住んでいる、という話が載っています。『捜神記』は、当時の江南地域の民族誌としても読みうる性格を持っており、この伝承は猿を祖神とするトーテム集団、少数民族を、漢民族の視点から記述したものと考えられます。一方、日本近代の岩手県を題材とした『遠野物語』にも、類似の山人譚が収められています。やはり、山人が里の女を掠って、仲間にしてしまう。猟師が山中で女に再会すると、髪の長い山女になっていたという内容です。これは『捜神記』に連なる幾つかの類輪に基づいている可能性もありますが、平地に住む稲作農耕民と、山地に住む狩猟や焼畑を生業とする人々との軋轢、前者の後者に対する偏見、先入観に由来するひとつの表現形式のようです。