ルイ14世の治世以前には、メモワールのようなものはなかったのでしょうか?

もちろん、自伝や回想録の類は書かれていました。ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』や、アウグスティヌスの『告白』なども、いってみればひとつのメモワールでしょう。しかしヨーロッパにおいて、実際に"mémoires"という書名を持った書物は、16世紀より前には刊行されていないようです。それは、あくまで回顧録が自分、もしくは家族、子孫などのために書かれるべきもので、一般社会に向けて刊行されることがあまりなかったことが一因でしょう。それが一気に毎年6冊以上というペースまで伸びるのは、やはり活版印刷の普及と読者層・読書習慣の広がり、ルイ14世親政間際の混乱と、それを経験し生き残った記憶を共有したいという強い欲求が生じたからでしょう。先年の東日本大震災直後にも、災害経験を後世に残そうという種々の聞き取り調査、被災地域からの情報発信がなされました。災害や戦争は、記録の保存と経験の共有という志向を高める、大きな契機になっているようです。