これほど学問領域にマルクス主義が流行したのは、「非社会主義国では希有」とのことでしたが、けっきょくなぜ戦後日本は社会主義化しなかったのでしょうか。やはりアメリカの影響が大きいのでしょうか。 / なぜ日本では、それほどマルクス主義が流行したのでしょうか。

なぜ社会主義国化しなかったか、という問いには容易に答えることはできません。学問領域を中心にマルクス主義が流行したのは、ひとつには戦前・戦中の抑圧の反動があります。これまでさまざまなメディア、教育を通じて喧伝されてきた国家主義的言説への幻滅から、それとは対照的な思考、方向性に希望が見出されたのでしょう。下からの改革、という視角も広く受け容れられたはずです。しかし、共産主義化への警戒から本国で苛酷なレッドパージを行っていたアメリカの意向、共産党社会党内部でのさまざまな派閥対立の影響もあり、マルクス的な思考は知識人層のみの言葉へと押し込められてゆきました。60〜70年代における共産主義の担い手は主に学生たちでしたが、当初は一般市民と同調していた彼らを、警察権力が分断し孤立化させてゆきます。追い詰められた彼らは活動を解体するか、もしくは激しいセクト抗争、過激な武装闘争へと突き進み、社会からの支持を失ってゆくのです。それらを通じ、政治運動自体が「よくないこと」のように印象付けられ、明治・大正期にまでは確実にあった権力に対する抵抗の力は、次第に衰退し現在に至るわけです。しかし列島社会は、個が共同体の集合性に埋没しがちな特性を持っています。当時もし共産主義社会主義化していたら、やはりマルクスの理想を実現することなく、ソヴィエトなどよりも酷い全体主義国家となっていたかもしれません。