集合的記憶は、心理学の集合的無意識に似ている気がしました。心理学は当時の歴史学に影響を与えたのでしょうか?

ユングですね。むしろ、デュルケーム学派の集合性に対する関心が、ユングに採り入れられたとみていいでしょう。ユングの師であり友人でもあったフロイトは、無意識の概念を見出しました。フロイトにとって、個人の心理の展開過程は種のそれをなぞるものであり、それゆえに無意識も集合的同一性を持つといえますが、社会への配慮が不明瞭であったために、集合性の範囲がいかなるものなのか、歴史との関係はどうなのか、充分に注意されてはいませんでした。そのためもあって、デュルケームフロイトは、それぞれ社会還元論/個人還元論の二項対立のように捉えられがちですが、社会の集合的な表象が個人の認識・実践に転化し、個人の認識・実践が社会的規制を動揺・変質させてゆくその構図のなかに、デュルケームフロイトの対立を止揚してゆくことも可能でしょう。ユングの〈集合的無意識〉論などを、そうした試みのひとつとして読むこともできると思います。