五島列島の隠れキリシタンの神話「天地始之事」には、「前界の地獄」が出てきます。宣教師たちは煉獄の概念を利用し、信者を増やしたと聞いたことがあるのですが、この記述にもそうした彼らの思惑は表れているのでしょうか。

これは少し、現代語訳が不正確でした。「べんぼう」は恐らくLimbo、すなわち辺獄のことを指すと思われます。洗礼を受けなかったものが原罪のうちに堕ち、しかし永遠の地獄であるInfernoとは区別されるものです。この考え方によれば、キリスト教的な回心を得られなければ、日本列島に暮らす人々は、死後にみな辺獄へ行くことになる。津波地震の災害経験を多く持つ地域でこのような説話を喧伝すれば、それが一種の暴力となることは自明でしょうね。