2008-05-16から1日間の記事一覧

石室は地震等の災害には強いのでしょうか。

古墳については、地震や大規模降雨の影響によって盛り土が地滑りを起こし、一部崩落する事例が多く残っています。現在一定の形状を保っているものでも、地層を分析してみると滑落や亀裂の痕跡を発見することができます。石室は地中にありますから地表面より…

古墳に女性が埋葬されることはよくあったことなのですか。

女性の埋葬には、講義で扱ったような渡来系文化との関係とともに、階層差の問題が関わってきます。古墳時代には、時代を降るに従って父系的な家族構成が一般化してゆきますが、それはまず社会階層の上層部において進行します。つまり、前方後円墳に代表され…

追葬とは何年後まで可能だったのでしょうか。現在の墓制と同じく期限はなかったのですか。

追葬が可能といっても、ひとつの横穴式石室に埋葬できるのはせいぜい2〜3名です(まれに、20名以上という事例もありますが)。それぞれが夫婦や兄弟、親子などの親族ですから、ひとつの古墳で追葬が行われるのはせいぜい数十年といったところでしょう。た…

黄泉国のものを食べると戻れなくなる、という発想の根源は何なのでしょうか。

確かではありませんが、ある社会なり共同体なりに新しい成員が加わるとき、そこで作られた料理を食べさせることで帰属の証とする通過儀礼が存在したようです。平安時代には「三日夜の餅」という儀礼があり、露顕(ところあらわし)という、現在の結婚披露宴…

黄泉国神話が日本最古の「呪的逃走」を示しているとすれば、その後に作られた昔話などは、この神話の影響を受けていると考えられるのでしょうか。

この神話だけに限定はできませんが、当然影響は与えたと思いますね。『古事記』は室町以降には広く読まれるようになってゆきますし、本文には同神話を載せない『書紀』も、一書第六として紹介しています。中世には『書紀』の神話を様々に注釈して再解釈し、…

イザナミはイザナギを追いかけてゆきますが、彼を襲ってどうするつもりだったのでしょう。この対立は、やはり生者/死者の存在の遠さから来ているのでしょうか。

黄泉の世界へ引き入れるためだった、と解するのが妥当でしょうか。イザナミもイザナギも、コトドを渡すときでさえ相手を「愛しき我が那勢命」「愛しき我が那迩妹の命」と呼び合います。イザナミも夫と一緒に暮らしたかったのでしょう。彼女が「吾に辱見せつ…

イザナミに死者への恐怖がみえるように、死者に対する態度は時とともに負の方向へ傾いていったのでしょうか。

縄文から現代まで一貫して死者が遠ざけられていったかというと、必ずしもそうではないと思います。もっと短いスパンのなかで、死者が親しい存在として扱われたり忌避され遠ざけられたりする。古墳時代においても、竪穴式石室に死者を「封じ込めていた」前期…

黄泉国神話の腐乱したイザナミの様子は、後世の死穢の最初の例なのでしょうか。

ケガレは確かにケガレなのですが、やがて、伝染の仕方や消滅期間等々が制度化される平安以降のそれと比べると、非常にプリミティヴで神話的な色彩を帯びています。これは最近、知り合いの日本文学者から教わったことなのですが、黄泉から帰って禊をしたイザ…