2017-07-21から1日間の記事一覧

授業でお話のあったような差別問題は、非常にセンシティヴな問題であるため、私たちが大々的に介入して、抵抗活動を行うことは、逆にナンセンスであるように思える。そこで私たちができることは何かと、授業を通して考えてきたが、やはり「彼ら」について深く知ることこそが最も重要ではないかと思う。実際に、この授業を受けるまで知らないことが多く、差別の実態に衝撃を受け、感情的になることが多かったが、彼らのことを深く知り、無意識レベルに差別していることに細心の注意を払い、この授業を通して学んだことを、自らの研究や思考に活かすこ

ありがとうございます。春学期、不充分ながらも懸命に授業をしてきた甲斐があります。確かに、まずは知ることが重要です。しかし、いったん知ってしまえば、きっと何もしないわけにはゆかなくなるでしょう。実際の政治・社会運動でも、もちろん研究を通じて…

日本国内での差別が、戦後こうした形でなされていたことに驚いた。そして逆に、70年でここまで倫理観が育ったことにも驚いている。

うーん、そうなのでしょうか。ぼくには、逆に倫理は崩壊しているように思われてなりません。あるいは、表面的な体裁は整えられていても、内実は極めて酷いことになっているのではないでしょうか。ヘイトスピーチを主導してきた人種差別団体のトップが、東京…

現在、『この世界の片隅に』など、反戦を想起させるような作品がよく取り上げられている気がする。新安保法案などから、社会が反戦ムードに傾いたのだろうか。それとも、戦争から70年以上経ち、我々が先の大戦と向き合えるようになった、客観視できるようになったからなのだろうか。

戦争映画のテーマの変遷を辿ることは、日本や世界の人々の戦争観を探るうえで有効だと思います。ぼくが育った1970〜1980年代は、ベトナム戦争後の冷戦期で、世界は常に核戦争の危機に直面していました。50年代以降、例えばハリウッド映画は、連合国側を正義…

広島では原爆に関することが平和学習と題して行われ、クリアランスをせず、できる限り克明に原爆を伝えようとしてきました。最近では、資料館の原爆人形を除去するなどのクリアランスも行われていますが…。

そうでしょうか。例えば、授業でも扱った基町・相生通りなどは、かつて存在したバラックが一掃され、清浄な公園・河川沿いの遊歩道として整備されています。これはやはり昭和30〜40年代、平和的復興の名のもとに、広島市内の各河川沿い、広島城の御堀端など…

震災後の日本はやたら愛国心を煽るような言説が増えたように感じますが、大きな災害の後は差別やクリアランスに繋がる言説が広がるものなのでしょうか。

その傾向は強いようです。人々が災害の前にうちひしがれ、不安を払拭し自信を取り戻そうとする過程で、保守的になったり、あるいは〈大きなもの〉に依存することで、救済されようとしているのでしょう。また、災害によって長い期間にわたって社会に蓄積され…

有島武郎が遺したアイヌに関する本とは何でしょうか、教えて下さい。

未完成の絶筆となる「星座」という作品です。有島が未だ札幌農学校の学生であった1900年、友人たちと千歳川沿いを旅行し、北海道旧土人保護法のもとで苦しめられるアイヌの姿をみたことが、執筆の動機となっていたようです。保護法の立場に基づいて北海道経…

訳書も原書も読んだことがないので偏見かもしれませんが、宮本常一がクロポトキンに傾倒したのは、クロポトキン自身の思想でしょうか。それを訳す際、大杉栄は自分の思想と混同しなかったのでしょうか。

クロポトキンについては、当時原書で読んだ人も少なくありませんでしたので、大杉栄が意図的に自らの思想を忍び込ませたということはありません。しかし面白いことに、宮本常一は『相互扶助論』を大杉の思想として受容したようです。同訳を収録した1964年刊…

「人はみんなマイノリティである」という話から、マイノリティの線引きがどこからなされるものか気になった。

何かと何かを区別する線引きは、常に相対的なものです。マイノリティは直訳的には少数派ですから、ある情況においてはマイノリティであった人々が、別の条件のもとではマジョリティになるということも、もちろんその逆もありえます。しかしこの授業では、マ…