2014-10-08から1日間の記事一覧
歴史学の実証主義とは、史料を通じて、過去そのものに至ることができるという認識論を持っています。このような、過去そのものの実在を認める点で、本質主義であるということです。本質主義の対極に位置する立場として構築主義がありますが、これはコトバに…
ランケの実証主義における神の存在は、その前近代的痕跡であるといえます。前近代は、(人間の認識において)神が支配する世界であり、その克服によって、神から独立した近代的個が誕生してゆきます。ゆえに近代において、誰がみても同一の事実となる客観性…
韓国の東洋史区分は、やはり植民地時代、日本の帝大実証史学の移植として開始されました。よってそこには、日本と同じように、ヨーロッパ中心主義/自国史中心への偏重という問題点を持っています。しかしそれと同時に、例えば1930年代に民間知識人らによっ…
現代的価値観からいえば、そのとおりでしょう。物語はもちろん、例えば偽書などといわれるものも、時代・社会のなかで生産されたものである限り、それらの特性が刻印された立派な史料といえます。重野や久米の時代は、しかしそれら物語に含まれるフィクショ…
残念ながら、そうとはいいきれないところがあります。近代実証主義歴史学の生みの親であるヨーロッパにおいても、80〜90年代、歴史修正主義の嵐に見舞われたからです。第2次世界大戦を経験した人々がだんだんとこの世を去るなか、例えばホローコストは存在…
講義で触れた「啓蒙」は、まさに近代化と軌を一にするもので、前近代の旧弊を打破し近代の開明を喧伝することを意味します。福沢諭吉などはそうした啓蒙思想家の代表ですが、彼の文明史が国民の知徳の集積による歴史の展開を構想するものとすれば、啓蒙=知…
『水戸義公行実』などの伝記史料によると、兄を差し置いて世子の座に就いた光圀は、その負い目から非行を繰り返したものの、『史記』の伯夷・叔斉伝に触れて改心したといわれています。同伝では、王位継承をめぐって兄弟が互いに譲り合い、ついには両者とも…
8世紀に編纂されたわが国最初の正史『日本書紀』自体が、「日本」そして「国史」との体裁をすでに示しています。これは、中国王朝の統率のもとにあった東アジア世界において、唐や新羅などに匹敵する自国の歴史を示すために書かれたものです。それまで「倭…
難しいですね、正確・厳密な基準はないといっていいでしょう。しかし、概ね歴史学界において了承されている説で、しかも教科書執筆者である研究者らの眼鏡にかなったもの、とはいえるかと思います。複数の研究者が、当該分野の論文だけでなく、通史や概説な…
むしろ、このような質問が出なければならないような情報環境にあることが、大問題といわざるをえません。いわゆる「慰安婦」関係の種々の著作に当たってみれば明らかなことですが、まず日本軍が現地で横行する兵士の強姦行為などを抑止し、また性病対策や機…