「大織冠伝」について詳しく教えてください。

『藤氏家伝』は、天平宝字4年(760)頃、始祖顕彰を図った当時の朝庭の首班藤原仲麻呂によって編纂されました。現在残っているのは「大織冠伝(鎌足伝)」「貞慧伝」「武智麻呂伝」で、藤原氏の伝というより、仲麻呂に至る血脈の正統性を主張する「恵美家」(仲麻呂淳仁天皇から「恵美押勝」の名を賜り、藤原氏から独立して新たな家を興します)の家伝と位置付けるべきものです。鎌足と武智麻呂を繋ぐ律令国家のキーパーソン、不比等の伝が存在したかどうかについては議論が分かれるところです。「大織冠伝」には鎌足が生まれてから死ぬまでの活躍が記されますが、『書紀』と共通する部分にはほぼ同じ内容が述べられているものの、『書紀』にはみえない記載も豊かに存在します(ただし、その記述には仲麻呂の政治的意図が隠されています。これについては、今年史学科で出版した『歴史家の散歩道』掲載の、私の論文を参照してください。図書館地下1階204:J573r)。ちなみに乙巳の変に関する記載は、微妙な差違こそあれほとんど『書紀』に等しいものです。これは、両者に先行する「原鎌足伝」、あるいは「蘇我入鹿討滅物語」とでもいうべき文章が、7世紀末頃にまとめられていたからではないかと推測されています。