平田派・津和野派・薩摩派をめぐる最高神の争いから、宗教と政治が深く関わっていた点は理解したが、なぜ八百万の神がいるなか、他の派閥は生まれなかったのだろうか?

やはり、古代以来の伝統を背負っているからでしょう。いわゆる『古事記』や『日本書紀』の神々は、畿内豪族の信仰する神格を中心に、同盟関係にあった各地方豪族の神々、あるいは中国や朝鮮から渡来してきた神々の物語が収められています。しかし、7世紀後半の古代国家の建設を経て、それらの神々は神統譜のなかで序列付けられ、以降の時代における重要度を決定されてしまうのです。ゆえに、復古神道教派神道のなかで、奉祭される神格も、アマテラスやスサノヲ、オホクニヌシなど限られた神格だけになってゆくのです。