インドには、古来からナーガ、蛇神信仰があると聞きます。仏教発祥の地でもあるインドですが、彼の地では蛇=悪の図式は一切存在しないのでしょうか。

インドでも、やはり仏教との関係で龍蛇は貶められています(授業で紹介した、瞋恚を抑えられない者の蛇蝎への転生を説く『成実論』も、インドに由来し(ただし、サンスクリット本はみつかっていません)鳩摩羅什によって漢訳された経典です)。それはまず、蛇が世界的に最古の神のひとつであり、新しい宗教が成立するとき、前代のそれを批判することが成道であったためです。仏教は、現実の世界はまやかしであり、それに拘泥することで苦が生じると説きますので、民間習俗としての蛇信仰は、名指しはせずとも相対化の対象になっていたと思われます。大乗仏教が成立すると、そうした解体・相対化ばかりでなく、バラモン教などの神々を自己の宇宙へ内包する試みが始まります。八大龍王などは、方角を治め天候を司る存在としての龍も、仏に従う尊貴な神として位置づけ直されてゆくのです。