2012-10-10から1日間の記事一覧

現代アジアをマクロに捉えた場合、連動して起きている出来事として何が指摘できますか?

前近代以上に情報流通が発達した現代、ある意味で、あらゆる事象が連動して起きているのだともいえるでしょう。かつてのアジア内での国際関係以上に、高大な領域での連鎖が成立していると思います。

日本って何だろう。日本のアイデンティティーって?日本の文化のほとんどは、周辺国の模倣なのだろうか? / 歴史学的に、どこまでが中国文化でどこからが日本文化、といった線引きは可能なのでしょうか。

これは日本文化、これは中国文化、という線引きは、ある意味では「文化は交流によって成り立つ」という事実を否認するものです。様々な文化との交渉、融合によって形成されたものならば、それを一国の名を冠したカテゴリーで語ること自体が問題でしょう。日…

日本の文化が、ヨーロッパと繋がっているという事例が思い浮かびません。例えば何かありますか?

よく事例として話すことなのですが、13世紀のキリスト教聖人伝『黄金伝説』には、聖ヒラリウス伝として、「ジェノバ近海のある島には、蛇が住んでいて土地の半分を占領していた。そこで、ヒラリウスがやって来て島の中央に「標の杖」を立て、ここから先は人…

呪術の効果というものは、実際にあるとお考えですか?

オカルト的な意味で実在するかどうかは、検証のしようがありませんので分かりません。しかし、医療で実践されるプラシーボ効果のように、思い込みによって相手に精神的ダメージを与える、ということは可能でしょう。その場合は、「誰が誰を、どのような理由…

全世界における民話の類似性は、他地域多発性か一箇所からの伝播で説明される聞いたのですが、先生はどちら派でしょうか。 / 自然環境がまったく異なる国や地域でも、同一の物語は成り立つと思いますか。 / 類似の話が発見できたとき、それが並列的なものか、伝播によって生じたものか、どうして区別できるのですか。

実際は、どちらか二者択一で議論するより、両方の要素が作用していると考えた方がよいようです。また、テクストを子細に検討することによって、どちらの要因が濃厚かはある程度判断できます。同じようにみえる話でも、そのテーマや構造だけが類似しているに…

呪文は中国から入ってきたものが多いようですが、完全に日本オリジナルのものもありますか?

「ちちんぷいぷい」は、18世紀の江戸期文献のなかに、「ちちんぷいぷい御宝」「ちちんぷいぷい七里結界」といった呪文として出てきます。一説には「知仁武勇」が訛ったものとされますが、どうでしょうか。春日局が徳川家光に語った言葉との、太田全斎『俚諺…

現在語られている都市伝説や怪談のなかにも、中国に由来するものがあるのでしょうか。

そうですね、例えば神戸地域に集中的に語られている「件」の都市伝説は、中国に由来します。「件」とはその字の構成のとおり、人面牛身の化け物で、世界の終末を予言します。元ネタは『捜神記』ですが、神戸から播磨にかけての地域は、古代から牛に関する史…

馬娘婚姻譚において、馬はそもそもどのような象徴的意味を持っているのでしょうか。また、なぜ桑の木なのでしょう。 / 蚕―桑―馬という文化要素のセットは、いかなる象徴性によって繋がっているのでしょうか。

大いに議論があるところで、私自身も解決できていない問題が横たわっています。まず馬については、やはり洋の東西を問わず男性象徴として扱われることが多いですね。それはまず、馬が支配者層の使う乗り物であり、軍事に関わる存在であったことが主要因でし…

馬と恋に落ちる話は強烈ですが、古代において動物に恋をすることに対する反応というのは、現在と同じでしょうか。

現在においても、高度に都市化・機械化した地域がある一方で、前近代的な風習を色濃く残した地域、共同体が存在しますが、古代においても、古代の古代、古代の近代ともいうべき地域、共同体が存在します。例えば異類婚姻について考える場合、古代の近代にお…

佐々木喜善や柳田国男は、オシラサマ起源譚の原型が『捜神記』にあると知らなかったのでしょうか。

少なくとも、柳田国男は意識していたはずです。しかし、文献的な典拠よりも、遠野地域で神話が「生きて」いることに関心を持ったのでしょう。なお、柳田が喜善の話を意図的に改変した遠野の山男譚は、日本の先住民族が山の民となって生息しているという彼の…

馬娘婚姻譚ですが、日本に話が伝承される際には、ハッピーエンドが多くなるように思います。何か原因があるのでしょうか。 / 馬娘婚姻譚について、日本で最後に神になったのはなぜでしょうか。日本化の際には美化される傾向があるのでしょうか。

授業で詳しく扱うこともあるかもしれませんが、実は馬娘婚姻譚は、『捜神記』のあと中国で多様に展開し、『遠野物語』に近い人と馬の恋愛物語も作られてゆくことになります。よって、『遠野物語』のそれが具体的にどの物語を典拠にしたのかは、もう少し史料…

漢文にはよく教訓などが書かれているというイメージなのですが、『捜神記』には、何かメッセージが込められているのでしょうか。

『捜神記』が含まれる志怪小説というジャンルは、「怪異を志(しる)した書物」という意味です。これは歴史書の一種で、正史が国家の歴史を扱ったのに対し、個人に関わる歴史を扱いました。編纂にも、正史に携わったのと同じ史官たちが当たっています。『捜…

蛇のイメージですが、世界でもさまざま異なる気がしました。欧米やヨーロッパでは、医療や毒の印象です。

結局授業でもお話ししましたが、洋の東西を問わず、蛇のイメージの根源には、脱皮を繰り返す性質に由来する「死と再生」があります。古くメソポタミアのギルガメシュ神話では、人間に与えられるべき不死の力を奪った蛇が登場しますが、蛇が知の象徴となって…

『范汪方』の呪言の具体的内容ですが、「九頭一尾」「三頭九尾」などの具体的数字が気になりました。 / 「朝に三千を食らひ、暮に八百を食らふ」の、具体的な数字には意味があるのですか。

中国では、このような数を「術数」といい、儒教や仏教、道教、陰陽五行説などのなかで、意味するところが様々に議論されてきました。まず「九」や「三」「一」ですが、奇数は陰陽五行でいう陽数であり、動物としては陰気に属する蛇に、プラスの性性を与える…

中国で生まれた疫鬼祓除の呪文ですが、民間にも浸透していたのでしょうか。

道教は漢代以降、民衆の圧倒的支持を得て拡大し、ときには政治的反乱の契機にもなってゆきます。病気の原因となる厲鬼を撃退する方法は、中国では紀元前から実施されていた同時代資料があります。長い歴史を経て、民間にも浸透していたでしょう。ことに、授…

自分たちが死に追いやった長屋王の邸宅跡に住むなんて、祟られるとは思わなかったのだろうか。

まず「祟り」という認識自体が、8世紀の半ば頃にようやく成り立ってくるということを考えなければなりません。タタリはもともと神がタツ、現れるということで、神の意志の顕現をのみ意味していました。現在のようにマイナスの要素が強くなるのは、殷王朝時…

祥瑞というのは、他にもいろいろな種類があるのでしょうか。 / 以前、中国から贈られた白亀を言祝いで改元したという話を聞いたのですが、自然に出現したものでなくても祥瑞になるのでしょうか。 / 藤原麻呂の捏造について、当時の人々の反応はどうだったのでしょう。

日本の祥瑞については、『延喜式』治部省式に詳しい規定が掲載されています。そこでは、祥瑞が大・上・中・下の4段階に分けられ、大瑞が景星(徳星)・慶雲・黄真人(金人・玉女)などを筆頭に60種類(麒麟・鳳凰・龍・一角獣などお馴染みのものも含む)、…

平城京右京に前方後円墳がありましたが、あれは誰の古墳ですか。

垂仁天皇陵ですね。『日本書紀』垂仁天皇三十二年条では、野見宿禰の提案によって、人間の殉葬を止め埴輪で代用することになったとのエピソードが語られています。これが、喪葬儀礼を担う土師氏の始祖神話になるわけですが、平城京が造られた大和国北部(菅…

長屋王邸は左京三条二坊にあり、藤原仲麻呂邸は同四条三坊にありますが、住まいは身分の差を示すのでしょうか。 / 当時、住所という概念はあったのでしょうか。 

律令国家の根幹にある儒教の「礼の秩序」は、君主を頂点、庶民を底辺とするピラミッド構造が社会的に維持されていれば泰平が続く、その階層が乱されると種々の災禍を生じると考えていました。よって、衣服の素材や形、色から邸宅の規模に至るまで、身分によ…