2015-06-08から1日間の記事一覧
いえ、古墳時代以降、女性が家長、首長となっている例は複数みつかっています。また、発見された人骨からは多く妊娠痕も発見されており、彼女たちが母親でもあったことを証しています。近年、戦国時代にも女性君主のあったことが注目されていますが、これま…
天皇制が本格的に起動する天武・持統朝に至るまで、ヤマト王権の大王は群臣の推戴を基本的な条件とします。授業でも扱った合議制は、王位継承においても意味を持つのです。よって継承の抗争は、有力後継者のもとに群臣勢力が分断することから生じます。次回…
古代日本に遷都が多いのは、歴代遷宮制の遺制です。すなわち、もともと大王が住む宮は一世一代のもので、嗣王は他に新たな居所を築くことになっていました。それが、宮自体の大規模化(大王の居所に、王権業務の複雑化による種々の施設・機関が付加されてい…
長子相続を重視するのは序列を第一とする儒教の発想で、社会の安定化を目指すものです。儒教が生まれた春秋時代は、周王朝の理想が崩れ諸侯が台頭した時代で、孔子はこれを「もとの理想」へ復帰させようとしたわけです。以降政治・社会思想としては、動乱期…
史書に暗殺という記録はありません。暴虐さを示す表現は、狩猟に関するもの、死刑に関するもの、酒池肉林的なものなど、ちょうど『史記』における夏の桀王や殷の紂王の記述によく似ています。『古事記』や『日本書紀』を編纂したのは継体王統の子孫であり、…
授業で掲げた系図では、茅渟王は舒明と同父(押坂彦人大兄)・同母(糠手姫)となっていますが、『本朝皇胤紹運録』という文献には母を漢王の娘である大俣王としており、どうも母親が異なっていたようです。『書紀』を検証してゆくと、舒明・皇極はほぼ同年…
倭の五王を誰に当てるかは、さまざまな見解があるということで、すべてが間違いというわけではありません。しかし中高の授業は、その性質上ひとつの答えに収斂せざるをえないので、あたかも五王のそれぞれが『書紀』や『古事記』の天皇に直接該当するかのよ…
舎人親王は、確かに、最終的に『日本書紀』を奉上した人物として『続日本紀』に名前が出てきます。しかし、それ以前の編纂の過程では関与していた痕跡がありません。『書紀』の区分論的な内容分析からすると、その編纂事業は7世紀末の段階から開始されてお…
稲荷山古墳出土鉄剣銘が示すとおり、もちろん鉄器文化は東日本へも伝わっていました。しかし、朝鮮半島との交渉は主に西日本や日本海側の首長たちが担っていましたので、それらに比べて鉄鋌などの出土量は少ないようです。しかし、7世紀になると王権の東北…
古代の王は、おしなべて祭政一致の存在であり、そのなかには、神として崇められたものもありました。例えば中国全土を統一した秦始皇帝など、もともと人間が登りうる最高の位は王であって、帝は神を意味したのです。すなわちあらゆる王を否定しそのうえに君…
一般に、大脳新皮質を拡充し抽象的志向が可能になったクロマニヨン人の頃から、自然を崇拝することが始まったようです。本能というわけではありません。
例えば造山古墳の場合、同時期に大阪に造営されている上石津ミサンザイ古墳と同規格で、一回り小さい規模の前方後円墳となっています。その巨大さからいって、当時の吉備の地域王権が強大な勢力を誇っていたことは確かでしょうが、古墳のあり方からすると、…
考古学が文献史料のない時代をどう考えるかですが、前後の時代との比較、隣接する地域で文献史料の残存しているものがあればそれとの比較、最終的には文化人類学の民族調査に基づく前近代社会・民族社会の発展段階分析に基づきます。とくにいちばん最後のも…
『日本書紀』の編纂は、あくまで天皇の命令を奉じた国家的事業ですので、その方針は個々の述作者のみによるものではありません。続守言・薩弘恪もその命令のしたで奉仕していますので、唐人の考え方で内容を決めたわけではありません。あくまで文章を作成す…
いずれも、古代史、日本史が中心に論じられていれば、構いません。
引用そのものはコリア語で構いませんが、レポートは日本史・日本語のそれですので、どのような内容が書いてあり、それが中国や日本の文献とどう異なるかなどは、しっかり日本語で説明してください。
大丈夫ですが、その際には、武器の発展が日本古代史においてどれほど重要なのかを、きちんと説明できていることが条件です。問題意識、視角、選択基準の正当性をきちんと説明できればokです。
どうぞ、参考にしてください。皆さんはこれから専門研究の教育課程に入ってゆくことになりますが、研究の際に参考すべきなのは、まず最新の学術論文です。ですから、「質の高い文献」という場合には、まず歴史学の専門研究者が執筆した学術論文ということに…
すでにシラバスにも書いてありますし、ガイダンスでも説明しましたので、何もいうことはありません。繰り返しになりますが、博物館なり史跡なりを見学し、感想を1000字程度にまとめて提出(最後の授業まで)してください、ということです。授業に関係のない…
ありません。期末レポートも博物館レポートも、ガイダンスで説明した約束どおりです。