ミクロストリアという歴史学の一分野について聞いたことがありますが、アナール学派の一派なのでしょうか。

アナールではありませんね。ミクロストーリアはむしろアナールに触発され、また対抗して、1970年代頃にイタリアで始まりました。ジョヴァンニ・レーヴィやカルロ・ギンズブルグが代表的な歴史家です。唯物史観が扱ってきたような、普遍理論に基づく巨視的な歴史把握ではなく、過去の細部に注目する方法です。例えばギンズブルグの代表作『チーズとうじ虫』では、16世紀の異端審問記録を丁寧に読み解きながら、火刑に処された粉挽き屋メノッキオというひとりの男の、独特の宇宙観、神話世界を復原してうゆきます。「取るに足らない」一般民衆個人の思想など、国家史や事件史はまったく重視してこなかったわけですが、そうした「零れ落ちてしまう」細部にこそ、歴史の豊かさや多様性が現れる。ミクロストーリアは、ミクロ/マクロの往還を通して、ステレオタイプとは異なる、歴史の多様性を描き出してゆく試みといえます。