2011-05-30から1日間の記事一覧

古代の神話が、後の昔話等々に影響を与えている事例は、桃太郎や三枚のお札の他にもあるのでしょうか? また、何かよい参考文献があったら教えてください。

結局、神話はさまざまなモチーフを変換して複数の物語を構築してゆきますので、世界中でよく似たモチーフを用いていたり、同じような内容の物語が語られる場合が出てきます。それらは、拡大と変質を繰り返しつつ特定の地域で伝承されていったり、書承の形で…

『古事記』の黄泉国神話で、イザナキが「後ろ手に剣を振る」との仕草が出てきますが、何か呪術的な意味があるのでしょうか。

現実的に考えれば、後ろから追いすがってくる黄泉の悪霊たちを却ける動作と受け取れます。しかし、背後は人間にとって最も無防備な部位のひとつであり、確かに呪術的な武装も必要です。「振る」という動作については、辟邪や神招きの「比礼を振る」呪術が知…

なぜ「桃」は聖なる果実と考えられたのでしょうか。見た目の美しさや、温暖な場所で育つなどのことが関係するのですか?

諸説ありますが、やはり女性象徴であるという考え方がもっとも分かりやすいでしょう。生命が生まれ出づるところであり、それゆえに強い生命エネルギーを持って、辟邪や不老長寿の効能があるとみなされた。『春秋左氏伝』や『礼記』などのほか、戦国秦の出土…

事戸度しなどの詞章については、中国の死者観が日本に伝わったのだと考えてよいのですか。 / 少数民族と日本との関係はどのようなものだったのでしょう。また、紹介された聞き書きと『古事記』とは、時間軸上ではどのような関係にありますか。 / 日本の黄泉国には、よいものも悪いものも同じ場所にゆくと考えられていたのですか。天国や地獄といった観念が生まれてくるのはいつですか。

恐らく、東アジアの極めて基層的な、それゆえに共通性の高い文化要素のひとつなのだと思われます。必ずしも、伝播によってある場所からある場所へ波及したと考えなくてもよいでしょう。私が祭祀の調査に訪れた納西族では、穢れや悪鬼に対しても「指路」を説…

横穴式石室の導入による死者観・他界観の変化については、遺体をみることが増えたという事実のほかに何か要因はあったのでしょうか。

横穴式石室は、その物理的構造だけでなく、一連の儀礼や思想を伴って中国―朝鮮半島から輸入されてきたと考えられます。中国では、漢代に王族墓・貴族墓の内部構造が巨大化し、生活空間としての体裁が整備されてきました。志怪小説などのなかにも、地下を死者…

そもそも、墳頂から造り出しなどへ祭祀の場が移動したのはなぜなのでしょう。

きちんとした説明があるわけではありませんが、私は、前回お話しした「山の神聖視」と同じ情況が起こったのではないかと考えています。すなわち、墳頂が神聖化され「禁足地」になったということです。前期は遺体に強い両義性を認め、崇めると同時に封じ込め…

古墳が鮮やかになったのは、黄色や青色に何かパワーを認めていたからですか?

装飾古墳自体が朝鮮半島から将来されたものなので、当初はあくまでも意匠の問題であったと思われます。しかし、中国の陰陽五行説(木・火・土・金・水の五元素にあらゆるモノ・現象を配当し、その生成関係や対立関係から世界のありようを説明する考え方)で…

古墳の施朱の顔料は、何からできているのですか。

以前の繰り返しになりますが、もう一度書いておきます。古代の赤色顔料には、主に2つの種類があります。ひとつは酸化鉄系のベンガラ(弁柄)で、いわゆる朱を指します。インドのベンガル地方の原産なのでこう呼称されるようです。もうひとつは硫化水銀系の…

人物埴輪は、すべて同じような無表情なのでしょうか。笑ったり泣いたりしているものはないのですか?

埼玉県には、本庄や長瀞で笑う埴輪が出土しています。現代では自然な感情の表出も、古代には呪術的な力があると信じられていたようで、例えば授業でお話しした哭泣も死者の魂を呼び寄せる効果などを期待されたわけです。その観点から笑う埴輪をみると、これ…

人物埴輪の種類の多さや役割に驚きました。これは、中国の兵馬俑などと何か関連性はあるのですか?

直接的な繋がりは実証できませんが、墳墓に人物像を配するという発想は同じで、これはやはり列島が輸入した考え方である可能性があります。ただし、朝鮮半島の墳墓などと比較してみると、日本は「土人形」が特別に発達しているような印象があります。弥生時…

以前、どこかで古墳を調べたら、「天皇のルーツは韓国にあることがわかった」というような話を聞きました。そんな古墳は本当に存在しますか。

恐らく前方後円墳が朝鮮半島にあるという話で、騎馬民族説と連結させて考えたものでしょう。もちろん大王の陵墓も前方後円墳ですが、注目しなければいけないのは、大王以外の墳墓にもその形式が用いられているという点です。規模の差こそありますが、前方後…

古墳時代に火葬はあったのですか?

後期になりますと、渡来系氏族の周辺でみられるようになります。古墳時代の環境の項目でお話しした陶邑からも、登り窯を火葬に用いた痕跡がみつかっていますし、遺灰を納めた石棺を蔵する古墳も出土しています。

古墳における首長の喪葬に際し、多くの殉死者が生き埋めにされたとの話を聞いたことがあるのですが、思想の変化でそうした風習も消えたのでしょうか?

『日本書紀』垂仁天皇32年条に、喪葬を管轄した土師氏の祖 野見宿禰が、殉葬の悪弊を止めて埴輪を始めたとの伝承が出てきます。すなわち、土師氏の始祖神話、埴輪の起源神話に当たるものです。しかし注意しなければならないのは、日本の古墳からは、そのよう…

似たような神話が世界中に存在するということは、人間の自然や未知のものに対する思想の発達、変化の流れにはある程度の法則があるのでしょうか。

法則としてしまうのはどうかと思いますが、衣食住の根底的パターンは全人類に共通しているのですから、ある程度類似の思想・思考や神話が生じることは、むしろ当たり前なのだと思います。問題は、その共通性を時代や環境との関係から「固有性」に転換するこ…

どうして昔から、人は死んだ先のことを気にするのでしょう?

深遠な問題ですね。これは、自分にとって大切な誰かが亡くなったときに、自ずとひとつの解答が得られるかも知れません。今は、皆さんへ具体的に回答をするのは控えておきます。