平安時代には男性優位の性愛関係が構築されており、例えば性交渉を持つ場合も、女性の側から積極的に、というあり方は好ましくないものと考えられるようになっていました。しかし奈良時代以前には、女性の側にもそうした行動が認められていたのです。『書紀』の記述は、やや中国的な家父長制に合わせたところがありますが、女性の側に男性を選ぶ自由度が高かったことは反映しているものと思います。概ね女性の権利が保障され、男性側の横暴が禁制されているのは、中国的価値観が入ってきて社会的混乱が生じていることを示しますが、一方で、未だ儒教的家族制度の束縛を強固に適用しようとしていない点は注目されます。