弥生時代の集落の主張は世襲制度だったのでしょうか?

次回触れることになると思いますが、有力首長が発生しその権限が増してゆくひとつの過程として、複数の集団の利害調節がある個人に委託される段階、やがてそれが世襲されてゆく段階、という流れが考えられています。方形周溝墓は有力な家族の墓で、中央に戸主、周縁に子供たちが埋葬され、次世代はその一辺を共有して新たな周溝墓を構築します。ここでは家族や一族の連なり、その政治的・社会的位置の連続がみられますので、実力行使による衝突などでその地位を奪われない限り、前代のポジションはある程度次世代へ引き継がれたとみてよいかと思います。