「法華滅罪」にもともと女性が罪を抱えているという思想がなかったとはいえ、女性を罪悪とみる思想はのちに日本へ浸透してしまったのでしょうか?

そうですね。事例を挙げればキリがないのですが、仏教には女性差別関連の思想が拭いがたく存在するのです。例えば、五障。女性は、梵天帝釈天、魔王、転輪聖王仏陀といった卓越した存在にはなることができない、という考えです。また女性出家者の尼も、正式な尼と認められるまでの過程が男性僧侶より煩瑣であったり、男性僧侶の守るべき戒律が250戒であるのに対し尼は348戒であるなど、男性よりも厳格な情況に置かれました。こうしたあり方からの救済の方法が差別的で、一度男性へ性転換してから成仏するという、〈変成男子〉思想が喧伝されました。これを説く代表的な経典が『法華経』なのですが、奈良時代の日本ではその部分がほとんど重視されていなかったのです。かわりに、やはり変成男子を説き、そのための呪文も載せる『宝星陀羅尼経』が重宝され、まさに孝謙称徳天皇光明子の周辺で盛んに書写されました。孝謙・称徳は、聖武の意向を汲んで自ら性を超越した転輪聖王となるため、同種の経典にすがったようです。