先生は実証主義についてどう思われますか。 / 現代の価値観で過去を捌くことは誤りであると思うが、現代をよりよく生きるために過去に関する知識を用いることは重要と思う。実際に、現代の歴史学はどのような立ち位置なのだろうか。

まず、実証主義歴史学の特徴は、史料を分析することによって〈事実〉を明らかにできるとする認識論、それを公平無私な叙述によって表現できるとする叙述論が根本です。この2つは、1990〜2000年代に世界を席巻する〈言語論的転回〉(後述します)によって否定されてゆきますが、蓋然性の範囲でならば限りなく過去そのものへ近づけてゆくことは可能ですし、現在を批判的に捉える視座を確保することは可能でしょう。すなわちぼくは、現在の立場から過去を批判的に捉えると同時に、そうして把握した過去をめぐる知識によって、現在を批判するスタンスを採っています。認識論・叙述論においては実証主義を修正しつつ用い、現在主義とも微妙に異なる立場です。
現在主義云々の部分については、現代歴史学においてはさまざまなスタンスがあります。戦後歴史学の単元でもお話ししますが、日本では戦後長くマルクス主義歴史学が優勢でしたので、歴史学者の多くが社会運動に積極的に関わっていました。幾度かの挫折を経て、現在では政治アレルギーも蔓延していますが、しかし歴史学研究会歴史科学協議会などの主要な歴史学会は、アクチュアルな性格を強く保持しています。それは、現在主義とは少し異なり、過去のそれぞれの時代の価値を平等に捉えつつ、事実を重視しつつも、過去から得た知識を活かして現代のもろもろの問題に正対し、それを解決するための方法や立場を模索してゆく姿勢です。
ぼくのポジショニングもそれと大きくは相違しませんが、歴史的知識をより積極的に社会活動に援用し、また一般の人々とともに歴史を実践してゆくパブリック・ヒストリーを標榜しています。このところ取り組んでいる研究では、単に文献や考古学、民俗学の諸資料を援用して過去を紐解くだけではなく、そうして得た研究成果を一般の人々と共有するにはどうするか、議論の場をどう準備するかを、常に考えて活動しています。