2016-12-01から1ヶ月間の記事一覧

水田や古墳を造るために山を切り崩したと仰っていたが、今でも山を崩すためには重機が必要なのに、そうしたものがない弥生時代、古墳時代にどのようにして開発を行っていたのか疑問に思った。

重機などは便利ですが、その便利さの内実は何かといえば、大勢の人間が長時間かけてしなければできないことを操縦者1人いれば短時間でできる、その効率性にあります。逆にいうと、現代的感覚で求められるような効率性を度外視すれば、大勢の人間が長時間を…

都などを造るにあたって、労働力はどのように確保していたのでしょう。戦などをして手に入れたのでしょうか。

古代、ということでしょうか。古代であれば、「役民」と呼ばれる労働力として、強制的に差発されました。基本的には雇役の形式で、諸国の国司を通して徴発され、中央へ派遣されて必要な現場へ配属、決められた日数で労働に奉仕します。その間、賃金である功…

移動から定住へ向かうには、川や海の近くの土地が重視されたことは理解できる。しかし古代において、どうして山がちで、大坂などより気温差の大きい奈良や京都に都が作られたのでしょうか。

そのとおり、縄文期に定住が開始されるのは、水の周辺においてです。春から夏は漁労を行える水場に近い場所に、秋から冬は最終や狩猟が行いやすい山麓・森林地帯に生活するという、半定住が始まってゆくわけです。なお、奈良・山城の盆地を大きく「海と離れ…

北方の寒冷な地域ほど、自然環境が豊かであるという印象を受けますが、それが事実とすると、それは単に地理的要因からだけでしょうか。

確かに、寒冷な地域ほど人間の活動が限定されますので、人間の自然への圧力は小さいということはあります。しかし、それは熱帯地方も同じで、赤道周辺の熱帯雨林が人間活動を阻み、地球における最も大きな酸素供給地帯になっていることは、よく知られている…

自然に生えているマツは、病気になったり枯れてしまうこともあると思います。そうすると、マツの花粉量は少なくなってしまうと思うのですが、測定に影響を及ぼすことはないのでしょうか。

1万年に及ぶようなデータを集積してゆきますので、前後の情況から、異常事態があれば推測できるわけです。寒冷化や温暖化は数百年のスパンで変動しますので、病気などによる限定的な変化は、さほど問題になりません。それこそ、異常事態として認識できるよ…

私の父は、秋田県で製材業をしているのですが、父はある程度の伐採は必要であると話します。森林伐採に対してマイナスのイメージを持っていたのですが、効率よく伐採して若い木の成長を促進させるには、実は環境に優しいそうです。

これはですね、あくまで林業を展開する価値観において、ということなのです。林業のために植林をし、一種類の樹木に特化した山は、それだけでかなり無理のある環境なのです。下草をとって杉が生育しやすいようにし、また間伐を行って、限られた栄養のなかで…

環境史の研究は、世界ではどのようになっているのでしょうか。

進んでいます。日本研究の歴史のところでも少しお話ししましたが、歴史学の世界的な展開においては、日本はむしろ立ち後れていて、社会史の関係のなかで勃興してきたにすぎません。欧米では環境問題の自覚が、破壊の責任とともに早かったので、環境史の開始…

蘇我氏の人々は、ウマコやエミシ、イルカなどというように、およそ人ではない名前が付けられていて、これは『日本書紀』が改竄されたためだとの見解を読んだことがあります。歴史学的に信憑性はあるのでしょうか。

ありませんねえ。馬子の「馬」については、聖徳太子=厩戸王の説明でもお話ししたように、古代においては王の権力、とくに軍事的な力の象徴でした。それを名称に持つのは、その人物の強力性、勇猛さを表現していると考えられます。エミシについても、実は「…

『日本書紀』などの昔の書物が、どれが写本でどれが原本に近いなどのことは、どのようにして調べるのでしょう。

まずは、最も古い写本が基準になります。あとは、各写本、刊本などを比較対照してゆく作業ですが、例えば、まとまった写本としてそのまま残っていなくとも、最古の写本と同時代、もしくはより古い時代の文献に、例えば『書紀』の文章が引用されて出てくると…

「大王」から「天皇」へ表記が変わったのは、なぜなのでしょう。

「天皇」という称号は、一般的には、天武持統朝から使用され始めたと考えられており、このことは同時代の出土文字資料である木簡から確認されています。「天皇」という言葉自体は、道教の至高神格である天皇大帝(北辰)に由来するとみられていますが、実は…

ある授業で、前近代には森林伐採=悪とは考えておらず、そういう概念は最近のものだと習いました。『もののけ姫』の関連なのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

確実にありますね。近現代的な意味での〈悪〉とは異なるかもしれないのですが、日本列島においては、すでに古代の時点で、自然環境に対する開発により神々との軋轢が生じるという、『もののけ姫』を地で行く伝承が確認できます。これらは、開発に対して自然…

なぜ古代の人々は、夢のお告げや神のお告げを信じるようになったのでしょうか。

それが歴史というものです。すなわち、世界観や宇宙観、価値観、何を真理と考えるかは、時代によって大きく異なるのです。神霊が夢によって人間に何らかの情報をもたらすとの考え方は、東アジアでは、前11世紀以前に遡る殷帝国から存在します(その甲骨文字…

日本古代の氏族制と、現在でも各地に残る部族制とでは、何が異なるのでしょうか。

社会が氏族共同体を軸に構成されているという意味では、基本的に同じです。しかし日本古代において氏族制という場合は、古代国家の運営が氏族によって担われているというニュアンスが強いですよね。すなわち、一定の知識・能力をもとに官僚と認められた集団…

ヨーロッパには、「自然の支配は神によって認められている」との発想があるが、日本列島における環境破壊に対する認識の希薄さは、いったい何に由来するのだろうか。

非常に重要な質問です。非常に単純な答え方をすると、これは自然環境に対する依存度の強さです。各時代の気候変動、列島内の位置によっても微妙に異なりますが、しかしおしなべて、日本列島は生命の生育において「実に絶妙な位置」にあります。すなわち、人…

聖徳太子と聖書との関係に注目したという久米邦武の論文を、少しでもよいので紹介して下さい。

久米は、明治38年(1905)刊行の『上宮太子実録』で、隋唐の時代に中国に入ったネストリウス派キリスト教=大秦景教を遣唐僧が持ち帰り、一種の翻案の形で聖徳太子の伝説が作られたと述べています。とくに、『書紀』よりあとの『聖徳太子伝暦』など太子伝に…

飛鳥寺釈迦如来坐像の顔の部分が、恐らく当時そのままだとのお話でしたが、どのような調査で判明したのでしょうか。

2012年の早稲田大学のX線調査で、飛鳥時代の創建当初のものといわれる箇所と鎌倉時代の新造箇所といわれる部分を比較したところ、金属成分にほとんど差違がないことが分かりました。また今年の大阪大学のX線調査で、それらの成分が鉛とスズの割合が高く、…

仏教が伝来した頃の仏像は、聖徳太子をモデルに作られたと聞いたことがあるのですが、それは太子が当時から神格化されていたということでしょうか?

法隆寺の救世観音像ですね。厩戸王が創建したと考えられる、あるいは創建に関与したと考えられる寺院では、宮廷一般よりも早期に彼の神聖化が始まったと考えられます。太子を救世観音に見立てるのはそのうちのひとつで、一種のメシア信仰です。元来は如意輪…

蘇我蝦夷が、統制のために、山背大兄ではなく、田村皇子だけを支援したというお話がよく分かりませんでした。両者とも蘇我氏の人物ならば、どちらも支援して、それぞれ地位を上げてもらったほうが、蘇我氏の利益になってのでは? / 山背大兄が摩理勢に自殺を説得した、というのはどういうことでしょうか。

田村皇子には、蘇我氏の血が入っていません。当時、蝦夷は馬子から大臣のポジションを受け継いで間もなく、朝廷を把握しきれずにいました。推古大王の残した遺詔が、次期大王を山背大兄に継がせるのか、田村に継がせるのかはっきりしなかったために、朝廷内…

『日本書紀』には当初から捏造された部分が多いとのことなのですが、そんな文献を利用する意味があるのでしょうか?

授業の最初のほうでもお話ししましたが、いかに虚偽の部分の多い文献でも、それが作られた時代・社会の事実を伝えているのです。これまでお話ししてきたことも、『日本書紀』と、その他の文献との比較検討によって明らかになったことであり、『日本書紀』が…