2011-01-01から1年間の記事一覧

古代では中国、現在ではアメリカ、大陸から孤絶しているがゆえの特異な海外への幻想、ナショナリズムこそ、長期にわたって受け継がれている独自の心性ではないでしょうか。

そうですね、確かに海外に対する憧憬は存在します。海の彼方に理想郷や死後の世界をみる海上他界観などは、その典型でしょう。他界から来訪する神は、正しく応対すれば幸福をもたらしますが、邪険に扱うと災禍を及ぼすといわれています。列島に暮らしてきた…

毛皮を着ると動物になれるという思想は、能などで仮面を被ることでその霊性を得るということと、何かしら関係があるのでしょうか。

変身の際に何かを身に付けるのは、基本的に上記の神話的想像力に由来するのではないかと考えています。ヨーロッパ中世の狼男に対する後半資料には、被告の男が変身ベルトを身に着けて狼になるとの一節があり、まさに仮面ライダーではないかと驚愕してしまい…

人間が動植物とトランス・ポジションする神話について、植物への転換はどのように行われたのでしょう。また、植物の場合の「毛皮」は何に当たるのでしょうか?

実は、樹木については、人間が樹木から生まれるとか、人間が人の姿となって現れた樹霊と結婚するとの神話・伝承は多く伝わっているものの、人間自身が樹木に変身するという形式はほとんどみられないのです。日本神話のオホゲツヒメのように、屍体から五穀な…

異類婚姻譚が世界的に存在するということについて、どの地域でも人間と動植物との関係が密接だったと考えてよいのでしょうか?

狩猟採集社会に一般的な神話ですので、例えばヨーロッパでも同様に動植物/人間が近しい時代があったと想定されます。キリスト教が両者にある程度の境界を設定しても、古ヨーロッパ的な心性は民俗として残り、多様な伝説や祭礼を生み出してゆきます。異端審…

気温の寒冷化が集権化や政治の転換に結びつくロジックがよく分かりません。 / 2頁の表の「森林利用」のところに、なぜ「東大寺大仏の造営」があるのか分かりません。

寒冷化が進むと概ね農業の収穫は落ち込みますし、山林から採集できる食用植物・果実・堅果類も減少します。温暖期と同様の人口を保持しようとすれば、技術開発や労働力の集中を行い、収穫力を高めてゆくしかありませんが、そのためには複数の共同体を統率・…

花粉測定以外で、気候などを調べる方法はあるのでしょうか。

例えば各時代の地層の土壌構成から、当時の気候を類推することができます。大阪府、福井県、三重県などの古墳時代の地層からは、「黒色有機質粘土層」という土の層がみつかっているのですが、これは多雨の気候下で形成されることが知られています。つまり、…

日本人の甘えは環境だけではなく、民族的な問題や言語的な問題も大きく関係すると思います。

それはそうでしょう。しかし自然環境は、文化構築の基底に位置するものです。言葉も環境の影響をまともに受けます。衣食住すべてが環境に依存しており、環境が変わればまったく違う姿へ変貌してしまうものなのです。人間の心理も同様です。ちなみに、「民族…

古気温曲線は花粉量で相対的に気温の寒暖を表現しているのであり、季節ごとの気温というより年間トータルの情況を表していると考えてよいですか?

そのとおりです。なかなか、1年を通じての気温の変化などを、細かく割り出すことはできません。

なぜ日本だけが米の文化だったのだろう。やはり土や気候が米の育成に適していたため、日本だけで発展したのだろうか。

授業でもお話しするつおりですが、それは王権や国家が稲を税として定め、庶民に納入することを義務づけてきた結果です。それがなければ、日本にはより環境に即した農業が展開していたでしょう。だいたい棚田など、山の斜面を段々にして水田を構築するなど、…

今、自然も文化財となることが多いですが、人間が作った自然なのか、そのままの自然なのかも考えて決めているのでしょうか。

そのあたりは、ある程度考えられています。例えば世界遺産でいうと、白神山地や知床半島、屋久島などの原生林は自然遺産とされています。「古都京都の文化財」は文化遺産ですが、建築物等のほか、「景観」という概念が含まれています。これは自然と文化が交…

「環境の豊かさへの甘え」とは、「環境が豊かであるという言説」への甘えでしょうか。

うーん、これも深いですね。「自然環境が豊かである」という言説も近代のものでしょうから、上のように表現してしまうと、これも近代的構成になってしまうのでしょうね。より前近代の心性に即していえば、「神仏への甘え」ということになるでしょう。すなわ…

高畑勲監督『おもひでぽろぽろ』と宮崎駿監督『もののけ姫』の対立軸がよく分かりません。

高畑監督は、里山のありようを自然/人間の共同作業として賛美する、という立場です。それに対して宮崎監督は、それは人間の傲慢であって、里山は人間の自然に対する耐えざる暴力の結果なのだという考え方ですね。こんど、授業でも時間を作って説明しましょ…

人間が手を加えない「共生」のあり方など、歴史上確認できるのでしょうか?

上記の質問の回答にも通じますが、ないでしょうねえ。屋久島や白神山地といった原生林も、温暖化や放射能、オゾンホール、酸性雨等々の影響を受けていると思えば、地球上で人間の関与しない自然環境は、もはや存在しないといってもいいでしょう。

「人が手を加えない」ようにするというのも、結局は人為であり、すべては人工的なのではないかと思うのですが、どうでしょう。

なかなか深い意見です。そのとおりですね。授業でもお話しするつもりですが、人間は生活してゆこうとすれば、必ず周辺の自然環境に変質を及ぼしてしまうものなのです。例えば、ある森林地域に人間が居を定めたとして、彼は周辺から利用できる/食べられる植…

里山の存在はだめなのでしょうか?確かに里山は人間の傲慢によって作られたものだけど、破壊し尽くして不毛の土地にするわけではなのだからよいのでは?

最終的な価値判断は、個人の自由で構わないと思います。私が講義で伝えたいのは、里山が自然/人間の共生の理想的な形だと無批判に思い込み、その構築されてくる過程をまったく知らずに、「他国より日本の文化が優れている」と空虚に主張することの馬鹿馬鹿…

里山が意識的に作られたものなら、そこに住む生き物にも少なからず影響があったと思います。それらにも、意識的な何かが働いていたのでしょうか。

当然ですね。例えば、草山・芝山が大規模に展開したために、森林地域の入り口付近に設けられていた狼の巣穴が露わになり、人間と争闘することが多くなりました。『遠野物語』は近代の採録ですが、開発の進展によって荒らされた土地に巣穴を作る狼が、村の大…

「蒼生」について、武将などが庶民を「民草」と呼ぶことも何か関係があるのでしょうか。

アオヒトクサについては、恐らく「人間は樹木から生まれた」、あるいは「人間は草だった」との神話が存在したのだと思います。「民草」は13世紀前後には使われていた言葉ですが、起源はアオヒトクサにあるものの、「草」に込められた意味は多少変質していま…

馬にはいつの間にか、これを神聖視する見方がなくなってしまったように思うのですが、それはいつからでしょうか。

漢籍や仏典では、馬自体は高貴な動物と扱うものの、「驢馬」を賤しい家畜と位置づける例が早くからみられました。『成実論』などには、前世で負債を償わぬまま死んだものが、牛や馬に生まれ変わり、駆使されることで返済するとの思想が語られています。これ…

『捜神記』の馬娘婚姻譚について、中国では昔から人間>動物という位置づけだったのでしょうか。それとも、境界が明確なだけで、優劣の考えはないのでしょうか。 / 『捜神記』の馬娘婚姻譚では、結果として人間が罰を受けたように書かれています。動物の威厳をどこか訴える意図があったのでしょうか? / 馬を殺したあと、わざわざ皮を剥いだのはなぜですか? / 馬と娘はなぜ蚕に変わったのですか? / 『捜神記』の馬娘婚姻譚について、日本の方がプリミティヴだと仰いましたが、日本に残るものの方が古い形を残しているということでしょ

授業でもお話ししましたが、『捜神記』の馬娘婚姻譚は、世界でも最も広く分布する狩猟採集時代の神話に基づいていると思われます。その神話の形式を、私は「異類互酬譚」と呼んでいますが、人間と異類(人間以外の動物)が、相互にポジションを交換する物語…

蘇我氏、上宮王家、秦氏の寺院造営における共同関係について、具体的にどの寺院にみられるか教えてください。 / 蘇我氏は渡来系氏族と密接な関わりがありますが、東漢氏系統の瓦などはみられないのでしょうか?

授業でもお話しましたが、例えば日本最古の仏教道場といわれる豊浦寺では、蘇我氏系と秦氏系の瓦が確認されています。上宮王家の斑鳩寺(法隆寺の前身)では上宮王家系と蘇我氏系、秦氏の氏寺北野廃寺(広隆寺の前身)では秦氏系と蘇我氏系の瓦が確認されて…

瓦の関係で文献を批判されていましたが、考古学の方が史料よりも信憑性が高いのでしょうか?

これは時と場合によりますね。もちろん、古い時代で文献資料がまったくない、あるいは極めて少ない場合には、考古資料が大活躍することとなります。しかし、考古資料の大部分は歴史の細部を伝えてはくれませんので、具体的な歴史像を構築してゆくためにはど…

聖徳太子が仏教文化について、ある一定の地位を持ったというのは間違いないのでしょうか。

法隆寺の創建を考えれば、やはりその業績は屹立しているとみなければなりません。王族で法隆寺に匹敵するような寺院を造営してゆくのは田村皇子、後の舒明天皇ですが、熊凝道場→百済大寺→大官大寺と発展してゆくこの寺院も、そもそもの起源は聖徳太子からの…

日本は島国であり、大陸からの影響は限定的で、比較的東アジアから独立していると考えることもできるのではないか。遣唐使廃止からの国風文化や鎖国など、やはり島国としては特異である。そのような点と「東アジア文化圏」をどのように捉えられるかだろう。

そのとおり、東アジア文化圏における日本列島の位置は、中国王朝と地続きの朝鮮半島などとは異なります。しかし実は、国風文化も背景に中国文化の影響を濃厚に持ち、その憧れのもとに形成されたことは自明です。当時の貴族たちの邸宅には「唐物」と呼ばれる…

私は世界史選択でしたので、崇仏論争の時代や対外関係について体系的に学んだことがありません。何か、入門書でよいものはありますか? / 現在、最も分かりやすい『日本書紀』の解説書とは何でしょうか?

残念ながら、研究が日進月歩の状態である『日本書紀』は、あまりよい概説書がない状態です。内容的なことでなく、いかに叙述されているかを知りたいなら、必読書はやはり森博達『日本書紀の謎を解く』(中公新書、1999年)ですね。最近その補足版、『日本書…

「聖徳太子」という名称は平安時代に一般化するとのことでしたが、その経緯について教えてください。

前回講義でお話ししたように、「聖徳太子」という名称の初出は、8世紀半ばに成立した『懐風藻』の序文です。「聖徳王」の名は、それより少し前の史料(大宝令の注釈書である「古記」、天平10年(738)頃成立)にもあり、『日本書紀』の記述を通して「皇太子…

一時代に複数の大兄が存在するということはあったのでしょうか。

これは普通にありました。一世代のなかで年長者に即位が進んでゆきますが、同一世代の大兄がいなくなると、次世代へ継承権が移動するのですね。ゆえに、群臣の支持勢力がそれぞれが養育した、もしくは血族関係にあるような大兄を擁立し、どちらが先に即位す…

歴史的に有名な人物には、必ず軍師的な立場の人間が付いているのでしょうか。

「必ずいるかどうか」というより、そうした配置を設定するのが、中国的な歴史叙述の常套手段だということですね。例えば、殷王朝における湯王と伊尹、周王朝における文王・武王親子と太公望呂尚、統一秦における始皇帝と呂不韋、漢帝国における劉邦と張良な…

外国の神を祀る神社もたくさんあるとのことですが、有名なものでは何が挙げられますか?

皆さんがよく知っているものでいうと、京都の祇園社こと八坂神社でしょうか。これは本来「牛頭天王」という神仏習合的神格を祀っており、釈迦の生誕地である祇園精舎の守護神であることから、「祇園社」との名称も生まれました。なお、牛頭天王はスサノオと…

聖徳太子に限らず、他にも漢籍に倣った記述というのはあるのでしょうか?

もちろん、『日本書紀』の各所に認められます。例えば、乙巳の変を成し遂げる中大兄皇子と中臣鎌足の出会いの場面。飛鳥寺の西の槻の広場で、打毬をしていた中大兄の沓が脱げ落ち、これを鎌足が拾って捧げるという有名なシーンがあります。これは、『史記』…

寇謙之については高校の世界史で勉強しましたが、最後は市民のトイレ代わりになって殺されたとは知りませんでした。

実はあの記述は、『法苑珠林』の撰者である道世か、彼に決定的な影響を及ぼした道宣という僧侶が、現実の歴史を仏教に都合の良いようにねじ曲げた記述なのです。史実の寇謙之は老衰によって死亡しており、死刑になどなっていません。あの書かれ方には、大規…