2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

功利主義と現在主義には相違があるのですか?

狭義の哲学用語としては、最大多数の最大幸福を倫理の基準に置くのが功利主義でしょう。学問その他も、そのために実用的なもの、実効的なものが重視されます。一方の現在主義は、現在の利益のために過去を動員する考え方で、現在と分離したところでは過去の…

◎1に挙がっていた重野安繹の論文にある「至公至平」について、先生はアジア的と仰っていたと思いますが、どういうことでしょう。アジアには公平な倫理観があるということでしょうか。

授業の冒頭の崔杼のところで触れましたが、中国的史官=歴史編纂・保管・運用官の理想像は、天に対して公明正大なポジションを守り、その筆を通じて王権や国家の興廃を記して、後世のため勧善懲悪を実現することでした。六朝の梁の時代に編纂された文学論、…

ランケの〈神〉が日本の〈天皇〉に置き換えられたとき、「神の真理に近づきたい」というようなランケの動機とは、異なる部分が大きかったように思うのですが?

ランケにおける〈神〉とは客観性の基準となるもので、いわば事実や実証の象徴だったのではないかと思います。ランケ自身が前近代的なものから完全に自由になっていたなかったことは確かですが、それはまた中世的な神のイメージとも異なるものだったでしょう…

授業内ではあまり触れられていませんでしたが、別の授業で「支那」を外国からみた中国と学んだので、支那史学が中国史学ではなく東洋史学に改称されたことに疑問を持ちました。

「支那」は、例えば『日本国語大辞典』では、「秦」の国名が西方に伝わって西域語化したものが、再び東方へ入って漢字により音訳されたものとされています。日本では古来、王朝名で呼ぶか、唐以降は概ね「唐」字をもって中国を表象することが行われました。…

異なる地域でも似たような自然環境だと、似たような伝承や神話が生まれる…といったお話がありましたが、古代の宗教にも適用できる見方でしょうか? 研究してみたいのですが難しいでしょうか?

宗教も大枠的にはひとつの〈物語り〉であり、その発生は自然環境のありようと、それに対する民族集団なり、地域社会なりの関わり方によって決まります。そのパターンは無限にありうるでしょうが、現実にはヒトの思考傾向、身体性によって、意外に限定されて…

先住民の女性たちが白人交易者の妻になり、主体的な役割を果たしたとのことですが、なぜ彼女たちは乱獲を助けるようなことをしたのでしょうか。

まず、〈コモンズの悲劇〉という現象を勘案しなければなりません。ある自然環境を共同体が共有していたために、誰もが他の人間に取られる前にと資源を利用し、保全や保護を省みなかったために、環境自体が破壊されていってしまうというジレンマです。一般に…

ヨーロッパ諸国が北回り行路で北米に侵入した遠因としてキリスト教の習俗が関係しているなら、キリスト教含め宗教が自然の迫害を推進する一番の加害者である、と位置づけられますか?

もう遠い昔に共編の本に書いたことですが、確かにリン・ホワイト『機械と神:生態学的危機の歴史的起源』以降、今日の地球規模の環境破壊の淵源はキリスト教にある、という見方が人口に膾炙しています。事実、授業で扱っている大航海時代以降の植民地収奪に…

イギリスやフランスが交易で先住民に武器や火薬を渡したとして、彼らはそれを効率的に使用できたのだろうか。また、抵抗活動に利用されたら逆に困るのではないか。

まさにそのあたりのことが、交易のポイントなのでしょう。ヨーロッパの武器や火薬は先住民の間で珍重されましたが、当然そこには、それが(最大限には)有効活用されないような配慮があったと思われます。まずは価格の問題、極めて高値で取引することによっ…

アメリカ先住民の女性たちのうち、交易者の妻になった人々について、会社間の競争が激化するとお互いが彼女たちを利用するようになったとのことですが、その経緯がよく分かりませんでした。

ぼくの説明の仕方が悪いのですが、まずは、先住民女性に対する認識が多様であったこと、やはり根底にはヨーロッパ至上主義的な差別意識が存在したこと、また当時は白人と先住民との区別なく男性優位の社会であったことが前提です。女性が、男性によって道具…

ナショナル・ヒストリーは国家を正当化するためのもの、とのことだが、その正当化は誰に向けられているのか。国家は事実存在しているのに。

国家が厳然として存在し、正当化する必要がないと感じるのは、まさに国家によって「自国を正当なものとして認識する」教育が達成されているためです。なぜなら、ぼくらの世代はつぶさにその状況をみてきましたが、国民国家が統治の正当性を失って崩壊してゆ…

ナショナル・ヒストリーの機能からすれば歴史教育は記憶型にならざるをえない、とのことでしたが、現在も強い国民国家を構築しようとしている国では、歴史研究は発展しないのでしょうか。

歴史教育と歴史研究の関係がどのように位置づけられているか、ということに関係すると思います。例えば、強固な国民国家を建設するために国家が歴史教育に介入してゆくとしても、歴史教育にある程度の自由が保障されているならば、学問としての歴史研究には…

2020年より思考型歴史教育の授業として「歴史総合」が始まるに際し、国家の介入があるとすれば、それは実現可能なのでしょうか。あるいは、単なる記憶型ではない授業によって、ナショナル・ヒストリーに限定されることは回避できますか?

重要なポイントです。講義でも少し触れたのですが、思考型授業の有意義な点のひとつは、記憶への定着が強まることです。単に受け身的に、教員の話し説明したことを記憶してゆくより、自ら調査し、史資料を解釈し、考え、複数の人たちと議論して到達した見解…

バイト先の塾の障がいのある子は、警察官になりたいのですが、特別支援学級に入ったらなれないので、母親が諦めさせようと苦心しているそうです。電車の運転手や警察官など、責任の重い職業に障がい者が就くことができないのは、「合理的な配慮」なのでしょうか。

非常に難しい問題ですね。就職をめぐるバリアフリーをどこまで進められるか、それは社会を構成している私たちひとりひとりの思考、行動にかかっていると思います。「警察官やパイロット、電車やバスの運転手など、ある程度の運動能力と思考力をもって、他人…

先日肉料理のイベントに行った際、肉食反対を訴える人々がプラカードを掲げて、動物の殺害現場を撮った写真をみせていました。主張は分かるのですが、これから肉を食べようとしている人たちに、その訴え方は倫理的にどうなのでしょうか。

もちろん、倫理的に是です。倫理というものは、永久不変な真理ではありません。時代によって、社会によって違いがあり、またどんどん更新されてゆく性質のものです。倫理の範疇は他者理解の拡大とともに、家族、隣人、地域、国内、国外、そして人間以外へと…

帝国日本の植民地経営、戦争に関する賠償金を、例えば東南アジア諸国に対しては、経済協力の形で負担するよう承認してもらっていたことを初めて知りました。しかし、戦後荒廃していた日本に、アジア諸国は何を「期待」したのでしょうか。

確かにそのあたりのことは判断が難しいですが、戦前・戦中の日本の技術力についてはそれなりの評価があり、またサンフランシスコ講和条約についてはアメリカの実質的な勢力下で連合諸国の承認がなされましたので、アメリカの意向も忖度されつつ決断がなされ…

以前みたテレビで、「日本はもう格差社会から階級社会だ」と主張していました。これは完全に排斥思考の表れだと感じたのですが、この点をマイノリティの実態から考えてどう思いますか?

格差社会と階級社会の相違点は、どの程度その社会的・経済的位置が再生産され、次世代へ継承されてゆくかということでしょう。列島社会はもともと首長に依存した並列な共同体で階級的意識が弱く、なだらかで一定の入れ替わりのある〈階層〉社会とみられてき…

私の姉は空港で働いているのですが、そこで問題になっているのが、カワウソのような動物の違法輸送です。スーツケースのようなもので運び込まれた動物たちは、ほぼ死んでしまっているようです。「動物の権利」は、やはり国によって認識の相違があるのでしょうか。

心が痛いですね。動物や植物の権利については、近年ではピーター・シンガーが、理論的にも実践的にも大きな流れを作っています。「どのように考えるか」が重要な曖昧な部分については、もちろん各国、各地域、各階層、そして個々人によって大きな相違がある…

生態系の利用から生命の改変を行うようになったというのは理解できたのですが、国家はともかく宗教の核になったというのがよく理解できませんでした。

詳しくは谷泰さんの『神・人・家畜』や『牧夫の誕生』を参照していただきたいのですが、まず誤解があって、「生命の改変を行うようになった」ことが国家や宗教の核にんるのではなく、「生態系の利用」の時点、すなわちドメスティケーションの発想と知識・技…

あいちトリエンナーレの昭和天皇の写真を燃やした作品ですが、人間の写真を燃やしているのを展示するのは、許されないことだと思います。それが天皇であっても、ただの国民であってもです。

これは、ぼくの説明の仕方が悪かったかな、と思います。まずあの作品、嶋田美子「焼かれるべき絵」「焼かれるべき絵:焼いたもの」のあり方ですが、きちんとその内容や意図が報道されていないのではないでしょうか。リンク先を参照してください。この作品の…