日本史特講:古代史(15春)

他の授業で方相氏の顔をみたことがあるのですが、かなりの異形という印象です。もともとその職業を担った一族を指していた言葉は、一般化して職名に変わっていったのでしょうか。また、古代日本の追儺では、誰が方相氏を担ったのでしょうか。

『周礼』自体が実態的ではないのでよく分からないのですが、確かに保氏・媒氏・射鳥氏など「氏」の付く官職名が多く、恐らくはその役割を担った氏族の名称が使用されたもの想定されます。なお、古代日本では、宮中で宿直・警護などを担った大舎人から、体格…

儺の形式についてですが、日本の「食唐鬼木簡」と具体的にどう繋がりがあるのでしょうか。

直接的には繋がっていません。追儺は追儺として、宮廷祭祀のひとつとして制度的に導入されました。「食唐鬼木簡」に使用された呪言は追儺との繋がりのなかで作られたものですが、こちらは疫病流行に対する防御策として、恐らくは何らかの医書に出ていた情報…

『周礼』において、夢を献上するとは、具体的にどのようなことを指すのだろうか。

恐らく、竹簡に夢の内容を筆録して保管しておき、これを奏上するものと思われます。東アジアにおける歴史叙述は、殷代の骨卜・亀卜において、王の一挙手一投足について占断し、その結果を記録することからスタートしました。そのいわゆる「甲骨卜辞」のなか…

6種の夢はどちらかというとマイナスのものが多い気がしますが、これにも理由はあるのでしょうか。

周の前王朝である殷代では、夢でうなされることを何らかの神霊の関与として、祟りと捉えました。あまり縁起のいいものとはみていなかったようです。『春秋左氏伝』や『国語』のような伝世文献にも、夢の話はよく出てきますが、悪夢を読み替えによって覆す物…

疫鬼が水と関係することについて、なぜ呪術で毎回水が出て来るのか納得できません。

まだ、肝心なところをお話ししていないためです。順々に。

疫病が水と関係して考えられていたのは、中国だけなのでしょうか。同時期の他の地域では、別のものとの関連で語られていたこともあったのでしょうか。 / 疫病が水と関わるのは、病を患った患者の排泄物や死体が川に流れたりして感染が広まったからでしょうか。

低湿地帯が不衛生になり、疫病などの温床となることは、世界的に経験された知であろうと思います。南方地域などで河の水、池の水を飲んだりすると、一部腐っていて、下痢や発熱を起こすなどの事例もあります。江南周辺では、例えば三国時代の赤壁の戦いの折…

自然科学では因果関係を観察できます。呪術でも、施術と効験で、験の有無などの、自然科学と同じ考えが出て来る余地はなかったのでしょうか。また、験のない呪術が廃れない理由は何ですか。

もちろん、呪術をめぐっても因果関係は確認されていますし、原因と結果も想定されています。つまり、そうした因果関係などの論理的思考が、近代科学と同じ様相ではない、同じようには働かないということです。科学哲学やエピステモロジーでいう、パラダイム…

博物館レポートについて質問なのですが、指定の用紙があるわけではなく、ワードで書いたものを印刷して提出すればよいのでしょうか?

ガイダンスの際にもお話ししましたが、書式は任意で、手書き/プリントアウトの指定もありません。指定の用紙もありません。ただし、自分で行ってみたことの証明を付けてください。

史料として挙げられている道教の経典には、仏教思想と思われるものが多い気がしました。また、「愛」「悟」といった、今の私たちにはよいイメージの言葉が鬼の名前として使用されているのは、なぜなのでしょうか。

六朝時代の道教は、仏教思想を採り入れつつ体系化され、教団としての発展を遂げました。最大の勢力である茅山道教、いわゆる上清派では、それまで道教にはなかった輪廻思想も採り入れられ、人間は生き死にを繰り返し善行を積むなかで浄化されてゆき、ついに…

医術と呪術がはっきりと分けられるのは、いつ頃なのでしょうか。西洋医学が中国に流入するのを待ってからなのですか。

中国医学の場合、宋代に大きな画期があるとされていますが、もちろん、完全に分離するわけではありません。呪術的な対応は、中国医学のどこかに残り続けてゆきます。また、科学/呪術の区別も相対的であり、西洋医学の側からは、気の流れや経絡などを重視す…

なぜ時間の経過によって、発熱を起こす鬼の種類が違ってくるのでしょうか。

中国では、森羅万象の意味付け、カテゴライズが、ほぼ陰陽五行説を用いて行われます。時間・空間を分節する十干十二支も、五行説で定義されることになるわけです。すると、その日時に力を持つ神霊、活動が活発になる神霊も、それぞれ五行説に応じて分別され…

「名前を知る」ということによってコントロールを試みるというお話が、『千と千尋の神隠し』にも似ていると思いました。このような考え方は、どこから発生したものなのでしょうか?

「名は体を表す」という諺がありますが、ラベルとしての名称がその存在の本質と密接に結びついているという発想は、いわゆる原始社会からみられるようです。呪術の系統でいえば、類感呪術の一種と位置づけられるでしょう。これは、類似したものどうしは互い…

食唐鬼木簡が、長屋王の怨念を前提にしているという根拠が、いまひとつ希薄な気がしました。そもそも、この木簡が天然痘流行を念頭に置いていたということが、内容からはあまり窺えない気がします。

そうですね、食唐鬼木簡が天然流行時に用いられたという推測は、まず二条大路側溝の出土場所から、その廃棄元が皇后宮もしくは藤原麻呂邸と考えられること、廃棄の時期が天平7〜9年と考えられることなどに基づいています。また呪符の用途が治病であり、形…

ヤマタノヲロチは、『古事記』では川の神だと思っていましたが、なぜ山の神の名前を持っているのでしょうか。

『古事記』ではヤマタノヲロチを、川の神だとは表現していません。その特徴を記述した部分には、「その目は鬼灯のように赤く、胴ひとつに頭と尾が八つずつある。また、体中に蘿(ヒカゲカズラ。シダの一種)や檜、杉が生えている。身体の長さは八つの谷、八…

婦人鬼の仕業の発熱の際に美しい鏡を持つのはどうしてなのでしょうか?

授業でも説明しましたが、「明鏡」すなわち美しい鏡とは、よく映る鏡という意味です。実像をありのままに映す鏡は女性に敬遠されるだろうという、二重のジェンダー・バイアスがかかった皮肉がみてとれます。鏡が邪なものを却けるという、これまた洋の東西を…

呪術と医術を並行して処方しているとき、何らかの事情で片方が欠けた時の情況を述べた史料はないのでしょうか。呪と医(薬)の分離の始まりになると思いますので。

呪術に対する信仰は、これほど科学技術が発達し、科学信仰が席巻している現代になってもなくならないので、それほど簡単にはゆかないようです。もちろん、時代時代のなかで、社会的常識や習俗と格闘していたひとのなかには、呪術や宗教的迷信に懐疑的な人も…

不老長寿の薬として水銀からつくられた丹ですが、司馬遷『史記』にも秦の始皇帝の墓には水銀の海がある…というような記述があったと思いますが、水銀は古代の人々にとって特別なものだったのでしょうか。

もともとはその防腐効果に端を発するのでしょうが、かなり早くから破邪の機能を持つとする発想があったようです。施朱の習俗自体は旧石器時代よりみることができますので、不老長寿云々も、そこから派生した考え方でしょう。また、液体状態の水銀は、金属で…

処刑されたものが病を引き起こすという考えは、西洋の悪魔祓いなどの呪術的なものにはみられないのでしょうか。道教思想の影響を受けていない文化で同じような例がみられれば、上記の考えは道教思想に基づくという考えは成り立たないと思いました。

道教思想に基づくものだ、とは説明していません。あくまで事例として挙げた経典が道教のものであり、そうした発想が道教に採り入れられ意味付けされたのだ、ということです。刑死者、とくに非業の死を遂げた者が災禍をなすという発想は、ヨーロッパにもみる…

『肘後備急方』の引用部に関して、石を水に投げたあと後ろを振り返ってはいけないというのは、例えばお盆に、迎え盆や送り盆で後ろを振り返ってはいけないということ、オルフェウス神話の禁忌などと同じ意味があるのでしょうか。

そうですね、いわゆる「みるなの禁」に関わる問題です。人間にとって「みる」という行為は、あるものとあるものとを完全に分節してしまう行為、境界線を設定する行為の象徴ともいえます。ゆえに、現実の世界と他界、生者の世界と死者の世界の境界が曖昧にな…

中国の古い医書を研究している日本の研究者はほとんどいない、とのお話がありましたが、しかしプリントには、『産経』その他の日本語研究文献が幾つか引かれているようです。そういった先行研究があるにもかかわらず、〈食唐鬼木簡〉のルーツを『千金翼方』のみに求める通説が一般化していたのでしょうか。

プリントに参考文献リストも載せましたが、もちろん研究している日本人はいます。講義でお話ししたのは、「日本史の研究者で中国の古い医書を研究しているひとがいない」ということです。すなわち、中国の医書に刻印されたさまざまの豊かな情報を、日本文化…

漢方を用いる際に呪術的に用いることによりプラシーボ効果で効き目が増すことがある、とのことでしたが、それならば現代では、科学のみを信頼しようとするあまりに薬が効きにくくなる、ということはありうるのでしょうか。

そうはならないでしょうねえ。なぜなら、科学のみを信頼するのも、一種の信仰であり、呪術になりうるからです。科学と呪術の相違とは、一体何でしょうか。現在のさまざまな科学技術を古代の人々がみたら、きっと魔法と同じにみえたことでしょう。それは、技…

古墳と神仙思想との関連性は、非常に興味深い。そのことを説明してある概説書か何か、教えていただけませんか。

岡本健一『蓬莱山と扶桑樹』(思文閣、2008年)、金子裕之『古代庭園の思想』(角川選書、2002年)、辰巳和弘『古墳の思想』(白水社、2002年)あたりが面白いでしょうか。

医書の呪術とは別に、僧侶の読経による呪術はあるのでしょうか。

あります。上記でも少し述べましたが、陀羅尼(真言)などの禁呪があります。日本古代の大宝律令・養老律令でも、僧侶が仏教的呪術を行い民間で治療行為を担うことは、条件付きで許可されています。

「辟穀」は道教的修養法とのことですが、穀物を食べたらいけないとなると、何を食べればいいのでしょうか。

そのような意味もあって、山林を修行しつつ、成育している植物や樹木を詳しく調べ、その性質や効能などを明らかにする本草学が発展してゆくのです。その思想的背景はなかなか厄介ですが、農耕を俗事の象徴とみる(すなわち自然環境のあり方を否定し、人間の…

◎4の史料にみられるような、殺生をする者に罪がかけられるという思想は、道教にも一般的にあったのでしょうか。

六朝道教は仏教の影響を受け、これまで持っていなかった前世というものの考え方、善業・悪業の思想を発展させてゆくことになります。仏教で禁じた五戒は道教でも重んじられ、やはり殺生は最も重い罪業とされました。罪業が多くなると身体が濁ってゆき、清浄…

「桃の弓と蓬の矢」が祭祀に使われたとありますが、蓬にはどのような意味があったのでしょうか。

それ自体が生薬となり、また灸の材料としても用いられますので、辟邪の力があるものとされたのでしょう。また。蓬の根茎には、周囲の植物の発芽を促すアレロパシーという作用があるとされますが、蓬周辺の溢れるような緑が生命力の象徴と考えられたのかもし…

日本の神獣といえば青龍や白虎が思い出されますが、これも中国から採り入れたものなのでしょうか。日本独自の神獣というと思い浮かぶものがないのですが…三角縁神獣鏡の裏面に鋳造された神獣も、病と関わりがあるのでしょうか?

もちろん、いわゆる四神=青龍・朱雀・白虎・玄武は、中国から朝鮮半島を経て伝来したものです。中国文化を吸収・整理して権力に援用してきた列島文化においては、神獣という権威・権力に近い表象で、中国由来でないものを探すのは難しいかと思います。むし…

『千金方』を補完したという『千金翼方』は、構成のうちに神仙思想が強くみられ、医書としての本来の方向性から外れている気がしました。

道教の起源をおおまかにいうと、老荘思想と神仙思想になります。神仙思想は、食事の節制や丹薬の精製によって不老長寿、不老不死を目指しますが、そのベクトルが医学研究、薬学=本草学研究へ繋がってゆくわけです。よって、中国の古代・中世には、医師・薬…

『千金翼方』は、どの階層の人に読まれたのでしょうか。皇帝レベルの人にも読まれたのでしょうか。

実証はできませんが、不老長寿を夢みた歴代の皇帝は、割合に多くの医書を集積し、読んでいたようです。秦始皇帝などはそのために方術の士を集めていますし、南北朝・梁の武帝などは、まさに陶弘景をブレーンとして尊崇していました。北宋で行われた『太平御…

古代の説話などで、「有るものが無くなる」ことを「食」という行動で譬喩することが多いように思いますが、やはり人間の生活のなかで「食」というものに重点が置かれているのでしょうか。

食べるということが、生命維持の根幹に属する、より宇宙的な行為としてみられていたことは確かですね。例えば、日本の王権においては、土地から貢納される産物を食べることが支配の表明となり、支配領域を意味する「食す国」という言葉が生まれる。〈食唐鬼…