全学共通日本史(09秋)

樹木伐採にも送り儀礼があるとのことですが、アニミズム世界を基底にしているとすれば、石などに対しても送りはあったのでしょうか。

石の送りについてはあまり聞いたことがありません。しかし、例えば『続日本紀』宝亀元年(770)二月丙辰条によると、飯盛山より西大寺東塔の心礎に運んだ石が祟りをなしたため、「柴を積みて之を燒き、潅ぐに卅餘斛酒を以てし、片片に破却し、道路に棄」てた…

他界としての出雲と、神が参集する地という位置づけは関連するのでしょうか。

いわゆる神無月/神在月は、中世以降に出雲参詣を勧める御師たちが広めたものなので、古代の他界信仰とは直接関わりがありません。恐らくは出雲大社に奉祀される大国主が、列島に存在した多くの国津神を統べる王であったところから語り出された言説でしょう。

他界への入り口が時代によってコロコロ変わるというのは、いくらなんでも適当すぎるのではないでしょうか。普通このような信仰は、そう簡単に変わるものではないように思うのですが。

コロコロ変わるといっても、少なくとも100年以上の開きがあるのです。朝鮮半島や大陸の文化が激しく流入してくる時期ですから、他界観の変質が起きていてもおかしくありません。また、出雲に黄泉国がある、紀伊に根国があるというのはあくまでヤマト王権の他…

日本でいう黄泉国は、地獄や天国の意味を含んでいるのでしょうか。 / 黄泉国に「黄泉」という漢字が当てられることになったのはなぜですか。

ヤマト言葉のヨミは夜の世界、闇の世界を意味するという説が一般的ですが、「黄泉」の字は中国における地下の泉を意味するもので、漆黒の地下世界という認識から当てられるようになったのでしょう。日本の黄泉はアジアにおける他界と同様、善悪の価値観で峻…

外港としての紀水門が他界への入り口と認識されていたなら、他国へゆくことは他界へゆくことと等しかったのですか。 / 紀水門が難波以前の外港だと分かったのはなぜですか。

例えば、奈良〜平安期の仮想敵国とされていた新羅など、根国から疫病をもたらす疫鬼らの温床とみなされていました。日本を訪れた外国使節に対し入念に境界祭祀が行われるのも、外国と他界を重ね合わせていた証拠でしょう。前近代では外国のみならず、村落共…

熊は魔除けの力があるとのことですが、逆に〈魔〉とされる動物はいたのでしょうか。

代表的なものは蛇でしょう。蛇は縄文期より水に関わる神霊として崇拝されていたことが確認でき(縄文中期の中部地方など、原始農耕が開始された地域で蛇のモチーフを持つ土器が登場します。世界史的に蛇は水との関わりが強いので、農耕における水の必要性か…

アイヌは文字を持たない文化だと聞いていますが、このような伝承は明治あたりまで連綿と伝えられていたのでしょうか?

むしろ正確には、アイヌではどの時代にまで遡れるのかが議論の焦点のひとつになっています。講義でも紹介したのですが、例えば列島における熊胆の流行は近世に始まるので、飼熊送りが熊胆採取と直接的に結びつくものとすれば、イヲマンテは江戸時代以降に発…

矢を射ることが性交渉の象徴なら、他の動物に対しても成り立つのですか?

矢が男性象徴であることは、ユーラシアの多くの神話に共通して見出せます。ギリシャ神話の最高神ゼウスは雷神でもありますが、大地に突き刺さる雷はその豊穣を保証する種付けであり、ヤマト言葉の「いなづま」もそうした認識に基づく名称です。矢を用いた狩…

イヲマンテが異類婚姻をモチーフに行われているというのは、研究者の解釈でしょうか、それともアイヌの人々の内的認識でしょうか?

いい質問です。イヲマンテで祭祀に供される子熊は、講義で引用した神謡にも現れているように、人間を養い親とする存在です。アイヌにも、ナーナイなどと同様に熊を同族とする意識は存在しますので、殺害され子供を奪われた母熊と狩猟者との間には、子熊を通…

熊野にある熊野三社と、私たちの日常のすぐそばにある熊野神社とは同じものなのですか。

主に、熊野詣の流行を通して全国に勧請されたものです。このような例は、八幡、春日、諏訪など多くみられます。

熊野詣は、古い時代の他界への信仰に基づいているのでしょうか。

その可能性は高いと思います。熊野三社は平安期、神仏習合の本地垂迹説のなかで、熊野本宮の家都御子神=阿弥陀如来、熊野速玉大社の熊野速玉男神=薬師如来、熊野那智大社の熊野牟須美神=千手観音という対応関係が作られます。すなわち来世を願う極楽浄土…

「熊」の付く地名は、熊がたくさん獲れたという意味なのですか。

もちろん熊の出現や生息に関わりのある地域の可能性もありますが、古代から続く地名である場合は、大部分がクマ=隅の意味で、辺境や周縁を意味したと思われます。九州の大隅や熊襲、授業で取り上げた熊野などもその意味でしょう。日常生活空間の周縁部は神…

熊皮を敷物にするというのは、本当に熊を信仰しているのかと疑問に思った。人間が都合よく利用するために話を作っているだけでは?

講義でも扱いましたが、アニミズム世界では、血や肉、毛皮などは動物の人間への贈り物であり、それ自体が信仰対象になっているわけではありません。贈り物は用途に合わせて大事に使えばよいのであり、敷物にしたからといって熊を冒涜したことにはならないの…

熊は他界を背負っているとのことですが、なぜそのように考えられたのでしょう。

やはりクマ=隅、すなわち境界、周縁を指すというイメージと関わりがあるものと思われます。熊は、境界領域から出現するゆえにクマなんですね。前近代の境界領域とは、他界もしくは他界への入り口ですから、熊は名前自体が他界を体現しているともいえるので…

熊送りの儀式で熊の解体を行うのは、一族の長でしょうか。ケガレのような観念はなかったのですか。

とくに長が行うということではなく、一族みな(力の要る仕事は男性)で解体を担ったようです。平等性の強い狩猟採集社会では、信仰の対象であり主要な食物でもある動物を解体するのは、ケガレが忌まれるというより逆に栄誉ある行為でしょう。動物解体業者を…

木幣は、アイヌの人々しか作っていないのでしょうか。昔読んだ、縄文と弥生の移行期を舞台にしたファンタジー小説に、似たものが出てきた気がするのですが。

恐らく、アイヌを縄文人の末裔とする立場から書かれたんでしょうね。その繋がりをまったく否定することはできませんし、近年ではDNA分析の結果アイヌと縄文人は直結するといった見解もでてきています。しかし、木製品は酸化しやすいため、縄文のような古い時…

ヨーロッパでは熊の代わりに、どのような動物が強い信仰の対象となっていたのでしょう。

いろいろいると思いますが、例えば獅子=ライオンなどは、キリストの復活・威光を象徴するものとしても位置付けられ、未だに百獣の王との認識を保持しているのではないでしょうか。貴族の紋章にも多く使われていますよね。

ヨーロッパで熊の絶滅が多くみられることは、その地での熊に対する信仰と関係があるのでしょうか? / 現在のヨーロッパでは、何か熊に関する祭礼は存在するのでしょうか?

まったく関係がないということはできないでしょう。動物の主神話のある形式が、際限のない狩猟が対象となる動物の絶滅を将来することのないように作成されていることからすれば、絶滅が起こってしまったのは、もともとその種のルールがなかったか、あったと…

『三国遺事』の檀君神話に虎が登場していましたが、その役割・意義はなんでしょうか。確かに、朝鮮というと虎に馴染みが深い気もするのですが…。

やはり熊と対比される役回りでしょうが、熊に比肩しうるほど強力だが、獰猛で忍耐力がない(物忌みができない)動物との認識が現れています。次回の狼に関する講義でも触れますが、中国における虎はヨーロッパにおける狼の相似形で、力の象徴として崇められ…

『三国遺事』の檀君神話で、熊が三七日目に人間になったというのは、どのような意味があるのでしょう。

「三七日」というのは、37日ではなく3×7日、つまり21日のことです。つまり、熊は3週間で人間になったということです。この表現により深い意味があるのか、数字に特別な意味があるのかどうかは分かりませんが、熊が虎よりも人間に近いことを暗示しているの…

ナーナイの熊と人間との婚姻譚ですが、主や王として暗示される熊になぜ女性がなれるのでしょう。婿入りの話もあるのですか? / 毛皮をかぶると熊になれるというのは、インディアンの山羊の場合と同じでしょうか。

農耕社会の成立、王権や国家の成立以降は、神に対する供犠には多く女性や子供が用いられるようになり、祭祀や物語としてもその構図が持続してゆきますが、狩猟採集社会においては女性性を持つ神的存在のもとへ男が婿入りする、という神話も認めることができ…

熊の骨を焼くという行為は、亀卜などに繋がるのでしょうか。

繋がりますね。亀卜の際にもお話ししたように、動物の骨や甲羅などを熱して占いをする熱卜という方法は、根源的には供犠に起因するものと考えられています。すなわち、火によって神のもとへ送った犠牲獣の残骸である骨に認められる変色、亀裂などが、やがて…

狩猟紋土器の熊と弓矢のサイズの相違には、何か特別な意味があるのですか。

民族社会の絵画はリアリズムで描かれてはいませんので、ものの大きさは実際の大小ではなく、重点や注目度を指すことになります。狩猟紋土器の場合、熊そのものよりも、それを狩猟することに重要性を見出しているわけです。ゆえに考古学の方でも、熊それ自体…

熊は威力のある動物ゆえに信仰の対象になったのだと思いますが、弱い動物が主として崇められることはなかったのでしょうか。

例えば兎などは、自然界の生態系ピラミッド上あまり高くない位置にいると思いますが、日本列島では「神」と崇めた痕跡が認められます。『古事記』のオホクニヌシ神話で有名な稲葉の素兎(シロウサギ)も、同書に「兎神」と表記されており、助けてくれたオホ…

北方ユーラシアや北米などと日本では、熊に対する信仰に相違はあったのですか。

細かな点を挙げれば様々な相違がありますが、やはり大きな点は、それは飼熊送りをするかしないかということでしょう。熊を狩猟した際の狩熊送りは、ニュアンスの相違こそあれ広く見受けられる行為ですが、幼い熊を飼育しておいて殺害するという特殊な送りは…

チペワイアンの村がカリブーを獲れずに全滅してしまうと、それはベジアーゼに見捨てられたと解釈されるのでしょうか。

そういう可能性はありますね。ベジアーゼの側が契約を反故にしたわけで、これは人間の側に何か約束違反があったものとみなし、お祭りなどを行って契約の更新をはかるという形になると思います。日本史上にも時折現れる祟り神の災禍なども、現状の祭祀では神…

チペワイアンには、カリブーの肉しか食糧がないのでしょうか。

チペワイアンの生活しているカナダ北部からハドソン湾沿岸にかけての地域は、夏が短いため、農耕が充分に発達しませんでした。よって彼らはカリブーの肉を主なタンパク源とし、湖や川での漁労、森林での採集活動によってそれを補いつつ生活しているようです…

ひとつの神話を下敷きに、地域ごとに少しずつ話が違うということもあるのでしょうか。大体の筋書きは同じでも、力点の置かれるポイントが異なったりすることはあるのですか。

それは当然あるでしょう。各地の神話や伝承、昔話などには「類話(ヴァリアント)」というものが存在しますが、これはまさに、類似の話で各要素の力点が異なるものなのです。物語として読むと「同じようなもの」になってしまうのですが、その地域で一体何を…

神話は宗教や倫理など様々な要素を含んでいるとのことですが、逆に、宗教が動物信仰や動物に対する信仰を生み出したこともあったのでしょうか。

これは大いにあります。大体において、宗教がそれ以前の動物観を取り込み発展させてゆくということになるでしょう。例えば特殊な例でいうと、日本の稲荷信仰が挙げられます。イナリはイネナリ、すなわち元来は穀霊信仰ですが、その使者は狐とされ列島中に認…

レジュメ18ページ末尾の、「太子であれば王権は不動であり、権力低下には繋がらない」といった件がよく分かりませんでした。

「大王家の勢力低下がなければ蘇我本宗家打倒の歴史は描けない」わけですが、乙巳の変が起きる前の馬子の時代に偉大な王を設定してしまうと、馬子との権力関係や功績の評価をどう整理するか難しくなりますし、蝦夷の時代に蘇我本家を滅ぼさねばならないほど…